▼3rd complex










“3”と言う数字が嫌いだ。



例えば“7”は幸運を示すし、“4”は不吉だとか、そう言った縁起的なものを除けば、数字に好き嫌いがある人は多くないと思う。
勿論“5”の形が好きだとか言う、図形的好き嫌いも省いて、その数字の持つ意味合いの話。




“3”と言う数字がつき纏うようになったのは、物心ついたの頃。
と言うよりはアタシが生まれた辺りには既に取り巻いていたんだと思う。

大半が“▲▲家は財界で3本の指に入る”といった様な内容。

別に家がどうとか気にしない質だけれど、3番目、3番目、と言われ続ければソレはソレで気にもなるもわけで。

だからアタシは“3”という割り切れない数字が大嫌いなのだ。
そしてその原因も、だ。




「違う。そこはそうじゃない。」

『煩いなぁ、…好きに弾かせてよ。』

「間違って覚えると後が面倒なんだ。」




早乙女学園のレッスンルーム。
その一室を借りて、不馴れなピアノを弾く。

いや、まぁ一通りなら習ったので弾けなくはないが、所詮そのレベル。
課題曲の為に籠って練習していたら、不覚にも聖川真斗に見付かってしまったのだ。

聖川真斗とは切っても切れない縁。
所謂、腐れ縁。
生まれて間もない頃から顔を付き合わせていたらしく、アタシの思い出せる範囲でも小学校に入る前の記憶がある。
確かあれはアタシが4歳になったばかりの春、初めて逢った彼の教育係が怖くて泣いた物。
(思い出したくもない記憶だ。)

その頃の彼は今と違って女の子なのかと見間違える程愛らしい容姿に、高い聲で自分の事を“ぼく”と言った。
アタシの半歩前を歩き、手を引いてくれた面影は綺麗に切り揃えられた艶やかな髪くらいか。
今では一人称は“俺”に変わり、更には変な言葉使いになってしまった。
ぐんぐん伸びた身長も低くなった聲も大きな掌も、全てが男の人のソレだ。




「それと、此処は少し引き気味に弾いた方が良い。」




ピアノの前に座るアタシの斜め後ろから楽譜に伸びた長い指と、仄かにい草の香りが酷く目障り。





『あー、もう!放っといてってば!』

「そんな音聞いてはおれん。もう一度だ。」




パートナーでも何でもないのだから、捨てておいてくれて良いものの、聞こえたからと聖川真斗がドアを開けて、こうやってスパルタを受けること早2時間。
不本意ではあるものの着実にスムーズに弾けるようになっていた。

ほんとにムカつくことに綺麗に弾くだけでなく、教え方も上手い。
絶対に言ってやらないけれど。




「へぇ、まさか二人が仲良くやってるとはね。面白いな、滅多に見れることじゃあない。」




コンコンとドアをノックする音と共に現れた聞き飽きた聲の橙は、これまたアタシの不機嫌要素。
聖川真斗と共に見飽きた彼は神宮寺財閥の御曹司、神宮寺レン。



もう言いたい事はお分かり頂けただろう。
アタシが“3番目”なのは彼等、聖川真斗と神宮寺レンの所為。


アタシの比較対象はいつも彼等。


話はこれだけではない。
学校に通う様になれば、勉学でも彼等の次。
ピアノを弾けば、聖川真斗の技術には勝てない。
(ピアノのについては一年程で止めてしまったが。)
愛想のいい神宮寺レンと顔見知りと言うだけで、間に立って欲しいと言ってきた友達も少なくはない。
(実は付き合っているんじゃないかって噂がたった時は、ホントにもう登校拒否しようかとも思った。)
仲良くしたくもないのに彼等に関わらざるを得なかったのだ。




『ど、こ、が。』

「邪魔をするな、神宮寺。」




シッシッと手で払うようにしたアタシと、腕を組んで溜め息を吐いた聖川に、神宮寺の左眉がピクリと動いた。
これは彼の機嫌が悪くなった証拠。
いつの間にか覚えていたちょっとした仕種に“あぁ、”と思った時は既に遅し。




「せいぜいAクラスが頑張るんだな。」

「…●●の音が聞くに耐えられなかっただけだ。」

「お前も同じようなモンだろう、聖川。」

「出席日数が足りない等と根本的な事が出来ていない奴に言われたくはないな。」




睨み合いながら少し怒を含んだ聲で話す神宮寺に、聖川が静かに言葉を発する。
顔を合わせばこうやってお互いを罵る。
そんな姿も最近では日常茶飯事だ。


最近では、と言うのは中学に入った辺りからか。
昔はそんなこともなかった。
親に連れられて参加したパーティで、年が近いと言うこともあってか自然と連んでいた。
こっそりと会場を脱け出して、廊下で、庭で、プールで、池で。
大人たちの目を盗んで集まって。

でもいつの間にかアタシには“3番目”が付き纏い、神宮寺も何処かで神宮寺財閥と言うものを認識し出したんだろう。
何も知らずに無邪気に連むには、周りが煩すぎた。

無垢に付き合って行く相手では無かったのだ。




『あーもう、出ていってくれないかなぁ!って言うかどっちもどっちじゃん。その年になってもジョージと登校してくる癖にさ。』

「ソレを言うなら聖川だってそうだろう!」

「俺を巻き込むな。」




おいおいと焦る神宮寺に、斜め後ろに立ちながら、アタシの楽譜に“要注意”と赤ペンでチェックマークを入れる聖川がしれっと返す。




「そう言う●●のとこの執事は校門にびったり張り付いているじゃないか。」




ドアの前に立っていた神宮寺がピアノが置いてある窓近くまで、コツコツとソールを鳴らして歩いてくる。
コンとピアノの蓋に人指し指をバウンドさせて、鍵盤横のフレームに肘を乗せた。




『校舎には入らないように言ってあるわ。アタシは二人と違って自立を目指してるのよ。…一人で電車に乗った事もない人に言われたくないわ。』

「はぁっ!?」

「お前そんな事をしたのか!?」

『勿論。15歳になったときにね。』




自信満々に言ってくれるのは良いんだが、それこそ一緒にしないで頂きたい。

3番目のアタシが自分の力で彼等に勝てることを探した結果、(酷く少なくてそれはそれでショックではあったけれど)社会性と言うか、▲▲家からの自立しかなかった。

彼等が経験する必要がないと言うことでさえも、進んで試してみた。
きっとちっぽけなことだろうけど、アタシには大きな事だったんだ。




「危ないだろう!」

「誘拐されなかったのかい!?」

『だって護身術も学んだもの。』




3番目とは言え国内外でも有名な財閥だ。
いつ何時どこぞの輩に狙われて、誘拐されて身代金を要求されるなんて事は珍しい話ではない。
多少危険に対応出来るように小さい頃から教育は受けてきた。
ピストルが出てこない限り、逃げ切れる自信はある。

それは彼等も同じの筈だ。




「そう言う事ではなくてだな、」

「何かあったらどうするんだい。」

『な、何も無かったし…。』




はぁぁと大きな溜め息を両サイドから吐かれれば、それはそれで気にもなる。
ちょっとだけムッとした聲で返した。
どうやらアタシは可愛い性格ではなかったみたいだ。
(分かってはいたけれど)




「何か有ってからでは遅いんだぞ。」

「心配なんだよ。」










***










「●●は一番、大切な存在なのだからな。」

「そうそう。」

『…っ、な、』




●●にそう言えば、腰を下ろしていたピアノの椅子から上半身を軽く捻り、零れ落ちそうな程に目を見開いた。

●●は昔からこうだ。
冷静に物事を一歩離れて他人事のように見る癖があるが、その一歩に踏み込めば忽ちその壁は崩れ落ちる。
不意には上手く対応出来ず、焦りを見せる。

斯く言う俺も感情表現が上手い方ではないが、●●のこう言った人間らしさ(と言う表現が正しいかは分からない)に触れられれば嬉しいものだ。




『何、言って…。』

「あぁ、なんだ。解っていなかったのか。大事でなければ連む筈が無かろう。」




目をぱちくりと一際大きく瞬いて肩を竦めながら恐る恐る此方を伺う姿は、さしずめ小動物か何かか。




「●●がいなければ聖川が居るこんな所になんて来ないさ。」

『なっ、』

「お前と言う奴は失礼だな。」

「本当の事を言ったまで、さ。」




神宮寺の無神経な発言は聞き流し、鍵盤の前に立たせてある楽譜を手に取る。
此処と此処と、と今までの二時間で見付けられた●●の苦手な場所と、ポイントにff等の強弱標語を入れてやった。
此処さえ気を付ければ、それなりに聞こえるだろう。

あとは●●が上手く仕上げる。
彼女はそう言う性格だ。




「あとは一人で出来るな。」

『え、あー、うん…。』




負けず嫌いの完璧主義者。
自分には厳しい人間だ。
少なくとも俺や神宮寺なんて敵わない程に。




「なんだ、帰るのかい?」

「これ以上邪魔はいかんだろう。」

「それもそうか。」

「では、また明日な、●●。」

『う、ん。』




それじゃあオレも、なんて言いながら、俺の後ろを歩き出して足早に追い越して。
レッスンルームから押し出すようにして後ろ手で扉を閉めた。




「あぁ、そうだ、●●。」

『…、何、』




そうして一度パタンと閉じた扉のノブを捻って顔を覗けば少し跳ねる肩と上擦る聲。

こういう時の自分はとても厄介なんだと思う。
驚いた●●に気を良くして、彼女の見えないところで少しだけ笑った。
見付かるときっと顔を真っ赤にして怒るだろうから。
それもまたそれで一興なんだけれど。
気付かれないようにそっと小さく。




「感謝の念が有るのであれば、」




我ながらなんて良い思い付きだ。
結果、●●の顔は図らずも真っ赤に染まり、俺が書き込んだ内容を確認しようと手にしていた楽譜をばら蒔くと言う焦りっぷりが見れた。
けれど、弧を描く唇は見られてはいけない。


●●は怒らせると後が厄介だ。


“では、な。”と言って扉を閉めた。
今度は本当に。
そして寮への帰路に着いた。


きっと明日はまた頬を真っ赤に染めながらも、応じてくれるだろう。
彼女はそう言う性格だ。





「感謝の念が有るのであれば、いい加減“真斗”と呼んでくれ。」




end

20120411

聖川と言うよりは御曹司?
音也誕そっちのけで久し振りの聖川夢を書いてました。ゴメン、音也。

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