▼my prince,my princess








「あ!翔ちゃーん!!!!」

「げ、那月っ」



四ノ宮那月と言う人物は、とにかく可愛い物好き。
その“可愛いモノ”の最高峰が、彼と同じ部屋で寝食を共にしている来栖翔だと言うことは周知の事実。

翔ちゃん、翔ちゃんと、大きな聲で彼を呼び、全身でその愛情を表現するように抱き付いている。
教室だったり中庭だったり、此処、食堂であったり。
この光景は度々目にすることが出来る。


幼い頃からコンクールで顔を合わせていた中なので、仲が良いと解釈する人が殆どだろう。


抱き締められる度に痛い痛いと叫ぶ、来栖君にすればいい迷惑かもしれないが、私には彼が羨ましくてたまらない。



『〜っ、那月君!!!』



今日も今日とて、目の前で見せ付ける様に交わされる抱擁に、私の心境は全く穏やかじゃない。
寧ろこの沸々と沸き上がる苛立ちは、何処に向ければ良いものか。
一日一回はこのストレスに頭を悩ませている。



「●●ちゃん!今日の髪型可愛いですねぇ」



食堂中が静まり返ってしまう程の大聲と、力一杯テーブルを叩き付けた音は、渦中の人にはあまり効果を成していない。

ふわふわしたミルクティ色の髪に、満面の笑みを刻む優しい金緑の瞳。
そして嬉々とした心地良い那月の聲は、尻尾を振る大型の犬のように錯覚させる。
私は彼のこの笑顔が好きなのだ。



『…そ、そんなお世辞言ってもダメなんだからね!』

「ご機嫌ナナメですかぁ?」



軽々と持ち上げていた来栖君から手を離し、(ふさふさの尻尾を振りながら)此方に駆け寄って、珍しく綺麗に巻いた私の髪を撫でた。
(巻いたと言うよりは、同室の子が巻いてくれたんだけど。)
少し屈むようにして顔を覗き込む仕種も、語尾が強くなっている私を伺う表情も可愛い以外の何物でもない。

来栖君の事を“可愛い可愛い”と言うけれど、私からすれば那月の方が数倍“可愛い”と思う。



「ふわふわお揃いですね。●●ちゃん、お花の匂いがします」



撫でていた髪を掬って口付ける。

朝出掛けにホンの少しだけ振り掛けた香水が仄かに那月に届いて、“甘くて良い香りです”って。
那月の甘い聲が降ってくる。

くすくすと笑いながら、頭を撫でる細く長い指が頬掠めた。

いつもなら此処でこの苛立ちは消え失せる。




「っ、おい、那月!急に離すなよ!!」

「あ、ゴメンね、翔ちゃん」




先程まで那月から愛でられていた来栖翔も、勿論犬。
(那月と違って彼はキャンキャンと吠える小型犬なんだけど)

そんな二人のやり取りが、なんでそんなに気に食わないのかと言えば、答えは至って簡単。


私が四ノ宮那月と交際しているからだ。
と言ってもまだ1ヶ月程。


どう考えてもOKを貰えるなんて思ってもいなかったけど、同室の子のサポートもあって那月に想いを告げた。
不器用ながらに作ったバレンタインチョコレートを用意して、帰宅途中の那月を捕まえて。

同じクラスではあるけれど、何度か一緒に課題をこなして、たまに学食で逢う程度。

背の高い那月の目を見上げることもままならず、俯いたまま“好きです”と一言だけ絞り出した。


それなのに彼は“良い天気ですね”とでも言うようなテンションで、至極呆気なく応えたのだ。

「僕も●●ちゃんがだぁい好きです」

と。
その上、こっそり耳元で“付き合っちゃいましょうか”と。

嬉しさのあまりその時の事ははっきりと覚えていないと言う我ながら勿体ないことをしたと思うけど、真っ赤になりながら精一杯頷いたのだけは昨日の事のように鮮明だ。



そこから恋人らしいことなんて、恋愛禁止の校則もあってか殆ど無い。
呼び方も元々“那月君”だったし、手も繋いだこともないし、勿論それ以上もなければ、滅多に二人っきりになんてなれやしない。

正直、来栖君の事は八つ当たりも良いところだ。
可愛いと言ってもらえて、抱き締めてももらえる。
同じ部屋で暮らしているから二人きりの時間だってある。



『那月君のバカっ』



いつの間にか鼻はつーんとしてくるし、目の裏は熱い。
頭だってガンガンしてきたし、知らず知らず唇は固く真一文字を描いている。



バカバカバカ。
那月君のバカ。



目の前でふわふわと笑ってる那月から離れるように、お昼御飯にと買ったパンとサラダを持って走り出していた。









***








あーぁ、行っちゃった。

学食の窓から校舎の向こうへ走り去る●●ちゃんの後ろ姿を目で追う。

校舎に入らずにその裏に消えていったから、きっと、彼女がよく行く木の下にでも行ったんだろう。

何かあればあの大きな銀杏の木の下にしゃがみこんで、ぐすぐすしているのを見たことがある。


兎さんのように目を真っ赤にして、体を小さく丸めて。

可愛いなぁって思ったんです。



「…お前さ、」

「ふふふ、可愛いでしょ、●●ちゃん」

「あれ、泣いてたんじゃねーか?」



事の一部始終を見てた翔ちゃんが帽子を被り直しながら、いい加減にしとけよって言った。

翔ちゃんにはバレンタインの夜、●●ちゃんがくれたチョコレートを見せた。

嬉しくて嬉しくて、大事に毎日一個づつそのチョコレートを食べて。

4つしか入っていなかったから、あっという間に無くなってしまったけれど、すごくすごく嬉しくて●●ちゃんを見掛けると甘い甘いチョコレートみたいに心が溶けそうになるんです。


僕の“好き”で潰さないように壊さないように触れることすら躊躇ってきたけれど。
●●ちゃんから“好き”を貰った時は本当に嬉しかったんです。



「知ってました?翔ちゃん。
●●ちゃんって笑った顔も可愛いんですけど、泣いた顔も超超可愛いんですよ」

「…お前の彼女は苦労するよな」

「ふふふ」



はぁと大きくため息を付いた翔ちゃんに“あげないですよ”って。



「と、取らねーよっ!…ってか追わなくて良いのかよ」

「行きますよ、勿論です」



机の上に置いていたサンドウィッチとアールグレイの紅茶を持って●●ちゃんが走っていった方へ足を向けた。




可愛い可愛い僕の●●ちゃん。

小さくて小鳥さんのように可愛く鳴くから、意地悪したくなっちゃうんです。

ごめんね。



パタパタと駆けていった●●ちゃんに追い付いたら、きっと。
くりくりの目に一杯涙を浮かべているだろうから、まずはソレを拭ってあげて。

そして可愛いって抱き締めさせてくださいね。



「バレンタインのお返しはキスでも良いですかぁ?」

『えぇっ!?!?!?!?』

「ふふふ」



真っ赤になってビックリしている●●ちゃんはやっぱり僕の可愛いプリンセスなんだなって、思った日でした。



「とりあえず“なっちゃん”って呼んでくださいね」





end

20120306


Sっ気なっちゃん!
なっちゃんって呼んで欲しいようです。

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