▼冬の帰り道




*普通の高校生シチュエーションで。






終業の鐘が校舎中に鳴り響き、先生が告げる号令を聞きながら、数百日、通学を共にしている鞄に教科書を詰め込んだ。
ボストンでありながらサイドのストラップをリュックの様に両肩に担いだり、時には地べたに置いたりするもんだから、くたびれているコイツ。
筆記用具達と共に納まった、ちんぷんかんぷんの内容で埋められている教科書を家で開いた事は、勿論無い。
置いて帰れば良いのにと思うけど、一応帰路につく段階では家で宿題をするつもりでいる。
(結局次の朝焦って学校で写させてもらうんだけど)

バイバイとクラスの皆に聲を掛けながら、教室を後にして、鞄のポケットに突っ込んでいたiPodにヘッドフォンを繋ぐ。
最近隣のクラスの翔に借りた洋楽をかけた。
初めて聞いたそのバンドは、ギターのリフがとても気に入って此処んとこ毎日聞いている。
何度もリピートした所為で覚えてしまったリズム。
それに合わせて制服のパンツの脇辺りをパンパンと叩いた。

そんな具合で毎日潜る校門を出て、家を目指した。



あぁ、今日はコンビニでバイトの日だ。
学校の最寄りの駅を通り越して、通学に使用しない、違う路線に乗らなければならない。
金曜日なのに面倒だな、なんて考えながら、金曜日だから入れたんだったと思った。



肩からずり落ちる鞄のストラップを掛け直して、気分を切り換える為に、道端に設置されている自動販売機にコインを入れた。
最近のブームはブラック。
トキヤとレンが飲んでいるのを見て、カッコいいと思ったから真似をしてみている。

ガコンと言う音と共に落ちてきたソレを拾い上げた。
時間を掛けて温められた缶が、凍るように冷えた指先を溶かす。
カイロのようだ。
プルリングを引っ掛けて開封したソレに口を付けた。

実際のところ、このブラック珈琲の魅力にはまだ気付けずにいるんだけど。


『あ、』
「え?あ、▲▲」
『一十木君て此方だっけ?』
「バイト先がこっちー」


ヘッドフォンを首にずらして、片手を上げた。

振り向いた先に立っていたのは同じクラスの▲▲●●。
夏休み明けの授業で一緒の班になってから、何かと話す機会が増えた人物だ。
そして宿題を手伝ってもらっている、貴重な恩人でもある。


『良いの飲んでるね、アタシも飲んじゃおー』


“寒いときはホットだよね”そう言いながら彼女の指先が押したボタンはココア。


『一十木君、ブラック飲めるんだ』
「かっこいいでしょ!」
『あー言うと思った』


珈琲のCMのようにパッケージを見せて言えば、クスクスと笑う▲▲。
その明る笑顔をうつされながら飲み干した珈琲を、自動販売機横のごみ箱に放り投げた。


「▲▲って此方の電車?」
『うん』
「そっか!じゃあ一緒に帰ろうよ」


冬の澄んだ空気のお陰か、カフェインのお陰でか。
取り敢えずスッキリとした思考。
バイトの時間まであと30分。
電車で10分くらいの距離だから遅めに歩いても十分ゆっくり出来る。
自分よりも身長の低い彼女の歩幅に合わせても問題ないだろう。


『教科書持って帰ってきた?』
「うん!今日こそは…!」
『でもバイトから帰ったら即寝しそう!』
「あー…否定は出来ないや」


コラコラと笑い混じりの聲が心地良い。

▲▲も飲み終えた缶をごみ箱へ捨てて、数歩先に立つオレのもとへ駆け寄る。
身体一個分の距離を保ちながら、駅へと歩き出した。

ホットを摂取した為か、身体の芯はホカホカと熱を放つ。
でもソレも束の間。
ビュウビュウと冷たさしかない風が肌を打つ。
肩を竦めて両手をポケットへ突っ込んだ。


『ホント寒いね』
「うん」


マフラー巻いてきて良かった。
あと厚手のセーターも、インナーも着てきた。
ちょっとカッコ付かないけれど、ジャケットの前を閉めようかどうしようかが悩みどころ。

あ。
少し背の低い▲▲にちらっと視線を送れば、同じように巻いたマフラーを首の後ろで結んでいて。
そんな小さな事が嬉しく感じる。
なんて単純なんだろう。

巻いたマフラーに緩む口許を隠すように埋めて、ばれないように視線を游がせた。


『ジャケットで寒くないの?』
「え、あ、う、うん。なんとか!」


イケナイコトをしたわけではないのに、どもってしまった。
カッコ悪い。

紺色のダッフルコートを身に纏った▲▲は信じられないと言いたげな視線を寄越しながら、晒された指先に息を吐いている。
その度に白い息が空に溶けた。


「…手袋は?」
『焦って家を出たら忘れちゃって』
「そ、か」


バイバイ一十木君、と聲を掛けてくれた時に見た、赤い手袋。
手を振るのに合わせて揺れたボンボンが彼女らしいなと思った記憶があった。
バイバイもオハヨウも、毎日言ってくれる。

ポケットの中の手に力が籠る。
握り締めるようにしたソレ。
ホット珈琲の効力はもうすでに切れている筈なのに、体が熱い。
ドキドキと五月蝿く鳴る心臓が、早く早くと急かしているようだ。


『あ、もうお月さま出てるよ!』
「う、ん」
『明るいうちに見えるお月さまって、海月みたいじゃない?』


“アタシ、海月好きなんだー”なんて。
空に浮かぶ海月から視線を外して、オレを見上げながら、ふわりと笑う。

可愛いな、そう思った時にはもうすでに身体は動いていた。
ポケットの中でぬくぬくと暖を得ていた右手は、冷やされた指先を握り締めて、自分の温度を分けている。
小さな手にビックリした。
耳が熱い。


『い、一十木君…?』
「…うん、嫌?」


五月蝿く鳴り続ける心臓に黙れって焦りながら、その小さな両手を包み込んだ。
立ち止まった▲▲のくりっくりした大きな目がこれでもかって位、見開いてオレを見上げる。
彼女の目に自分が写り込んでいることに気付いて、また耳が熱くなった。


『い、ぃゃ…じゃなぃ…』


語尾に向かってこの寒空に消えてしまいそうな小さな聲が耳に届いた時には、▲▲は耳と頬を真っ赤に染めていた。
大きな目が二周、空を泳いで俯く。
きゅっと遠慮がちに握り返された手が嬉しい。


「ねぇ、明日、空いてる?」
『え、あ、空いてるけど…』
「じゃあさ、海月を見に水族館にでも行かない?」


にぎにぎと擦るように両手に触れながら、真っ赤に染まった小さな耳に告げる。


“ココアでも奢るからさ”


そう言ったオレにふわりと笑った▲▲が、楽しそうな聲で“約束ね”と言った。


end

20120206


音也夢は結構安産な気がします。

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