▼Never let go 神宮寺レンと言う男とアタシは、言うなれば腐れ縁だ。 Never let go 神宮寺財閥傘下の一社長だった父に連れられて、幼い頃にパーティで逢ったのが始まり。 面倒臭そうにしていたレンに挨拶すれば、ニッコリと無邪気に笑って見せた。 その後、同い年と言う不運により、彼と同じ中学校に通わされること3年間。 毎年“何故か”同じクラスになったせいもあって、神宮寺レンと言う人間には心底飽き飽きしていた。 「●●もこの学校に通うなんてね」 『…』 「無視しないでよ」 早乙女学園の校門を潜るなり、目に飛び込んできたのは見覚えのある黒塗りの車。 そこから降りてきた見飽きた人物は、ネクタイを引っ掻ける様にだらしなく首に掛かけ、第三ボタンまで外して胸元を覗かせている。 長く伸ばされた髪を掻き上げながら送られた聲に眩暈がした。 断じて恋的なモノではない、眩暈だ。 『なんで居るんですか…』 「敬語で話すなんて珍しいじゃないか」 嫌な予感はした。 勉強しろ、一流大学へ入れ、と口煩く吐いていた親が早乙女学園への受験を勧めてきた事に。 勿論、断る理由も反発する理由もなかった。 一流大学へ進学して親の都合で結婚する、なんていう幼い頃から決められていた未来が変わる。 アタシの足でアタシの道を歩ける。 嫌な予感はしたものの、そんな事どうでも良かったのだ。 有り難い事にずっとピアノを続けてきたアタシには、絶対音感と言うモノが備わっていて。 簡単ではなかったにしろ、倍率の高いこの受験戦争に勝ってしまったのだ。 『最っ悪…』 「今年も宜しくね」 レンの言葉を聞くなり、酷く頭痛がした事は、今でも鮮明に覚えている。 そんな入学式を終え、通いだした早乙女学園で神宮寺レンと4年目のクラスメイトとなり、その学園生活で彼とは何かと行動を共に取る羽目になった。 (いや、付き纏われたと言っても過言ではない。) 「レディ達と屋上でランチするけれど、●●も来ないかい?」 『絶対に、行かない』 「そーかい。つれないね」 金糸の様な輝かしい髪と整った顔立ちに、モデル顔負けの体型。 甘く響く聲で囁かれ、優しくエスコートされれば、自分が何処かのお姫様の様に錯覚まで引き起こす。 そんな神宮寺レンと言う男に揺らがない女生徒は殆ど居なかった。 ただそこにアタシは含まれない。 女性関係はだらしない(エスコートは一流でも、特定の誰かを作らない彼はやっぱりだらしないと思う)し、 授業もろくに出席せず、期限日までに提出された課題は多くない。 一度だって時間通り登校してきた事はなかった。(ルームメイトの聖川君が毎日叩き起こしていると溢していた。) こんな男のどこが良いのか全く分からなかった。 「休憩入りますー!」 アシスタントの高い聲を合図に、緊張の糸を解いた。 マネージャーに手渡された中綿の入ったアウターに腕を通せば、冷気に晒された身体がゆっくりと暖まっていく。 気温は一桁なのに、薄手のワンピース一枚で公園なんて所に居る理由は撮影の為。 冬の高い寒空の下。 スタッフが用意してくれた折り畳み式のテーブルと椅子に深く腰を掛けた。 『ストーカーとしか言い様がない』 「酷い言い方だな、心外だよ」 同様に隣に腰掛けてきたのは、神宮寺レン。 相変わらずの飄々とした顔の腐れ縁に、吐き捨てるように話し掛けた。 『これも不可抗力と言い張るのか…神宮寺財閥めっ!』 「ははは」 この撮影は神宮寺レンと共演する来春公開の映画の宣伝。 卒業と共にアイドルとしてデビューした彼と違い、アタシは役者の道へ進んだ。 ドラマのちょい役から始まり、やっと掴んだ映画の主演。 ソレなのにこの男はあっさりと相手役に選ばれた。 その上、彼は真面目に向かい合わなくても軽くこなしてしまうのだ。 英才教育を受けた所為か、天性かはこの際どうでも良い。 取り敢えず、心底面白くない。 苛立つ気持ちをレンと一緒にシッシッと指先で払う。 この一向に回復しない機嫌は空腹の所為かと、撮影の合間に近くのカフェから取り寄せたケータリングに手を伸ばした。 真昼はとうに過ぎ、早朝からの撮影でお腹は既に空っぽだ。 そんなアタシにわざとらしい笑い聲を上げながら、漸く庶民の味にも慣れてきた御曹司が、インスタントの珈琲に“これはこれで”だなんて。 ほかほかと湯気の立つカップに口を付けている。 『アイドルは歌を歌ってなよ』 ハァと付いた溜め息が、手に持つカップの湯気と混ざる。 白いソレが一瞬で融けた。 ニッコリと相変わらず無邪気に、目を細めて此方へ向けてくる笑顔が鬱陶しい。 『大体なんでこうも付き纏うかなぁ』 卒業しても、ほんとに腐れ縁の様に何故か一緒の仕事が舞い込んでくる。 “レンさーん”と黄色い聲を掛けてくるファン達に、ニコニコと微笑んで手を振る彼に再度、溜め息を付く。 この猫被りめ。 愛想よく振る舞う彼の靴を少し強めにコンと蹴飛ばした。 今も昔も揉め事になる理由は限られている。 その大半が、レディや子羊だなんて彼特有の呼び方で接されるのに対し、アタシだけは名前で呼ばれている。 取り巻きの子やファン達が気に食わないのは当たり前だ。 何度か囲まれて嫌味を幾つか言われたことがある。 勿論、それ以上の事も。 「気に入っていなければ相手になんてしないよ」 『…良い迷惑ね』 その度に美味い具合に助けに来てはくれたが、出来れば二度と経験したくない、回避したい迷惑だ。 それに、彼の言葉を鵜呑みにしてはいけない。 もしも本当に気に入ってくれているとしても、ソレはきっと一時的なもの。 取り巻きの所謂レディ達と違って媚びない可愛いげの無い性格が、ただ単にレンの興味を惹いているんだろう。 ハイハイと軽くあしらいながら、カフェのロゴが印刷された紙袋からスコーンを取り出した。 素朴な味が売りのバターが沢山入ったソレを千切って口に含めば、生地に練り込まれたベリーの酸味と甘味が広がる。 「まぁ良いさ、焦るつもりはないよ」 『何の話』 「ん?…一人言、かな」 そう言って、少し屈んでアタシの手の中にあったスコーンに齧り付く。 大粒の果肉部分がレンの口へと消えた。 「美味いね、これはこれで」 『行儀悪い…育ちを疑われるよ、レン』 「大丈夫、滅多にしないことさ」 空になったカップを紙袋に入れ、肩に掛けるだけだったコートに腕を通して着直す。 流れるようなその一連の行動は神宮寺レンと言う男の全てを現している様な気がした。 軽やかに風のように。 それでいて華やか。 無駄な動きはない。 しかし堅苦しくも真面目過ぎるわけでもない。 「あ、マネージャーが呼んでる」 撮影部隊と並んで話をしていた彼のマネージャーが“レン”と呼んで、手招きをしている。 コートのポケットに両手を突っ込んで、そちらへ足を進める。 耳の後ろ辺りで軽く結わえていた長く伸ばした髪が、レンが歩く度に合わせて跳ね、ソレを風が撫でる。 『…バカ』 スタッフやマネージャーと一言二言言葉を交わし、一緒になって笑い合っている。 話している内容は全く分からないが、レンの整った顔がくしゃくしゃに成る程の事らしい。 楽しそうな笑い声を聞き流し、背凭れに体重を預ける。 空を仰ぐように何度目かの溜め息を吐いた。 レンに“笑顔の違い”がある事は、とうの昔に気付いている。 そしてその特別な笑顔がアタシにだけ、向けられている事も。 『期待、してしまうでしょ…レンのバカ』 神宮寺レンの言葉を鵜呑みにしてはいけない。 ただ、興味を引いているだけ。 そう思って数年が過ぎた。 こんな男のどこが良いのだと思っていた自分が、いつの間にか神宮寺レンという人間に惹かれている。 これは一種の刷り込みのようなモノなのかもしれない。 幼少の頃からずっと側に居る彼に、自然と向いたベクトル。 本気で期待しても良いんじゃないかって、そんな勘違いが胸の内で渦巻いて。 幼なじみと言う関係性が、レディ達とは違うんだって自惚れそうになる。 幾つも恋をしようとしたけれど、その終着点はいつもレンに向かう。 でもそれじゃあレンに媚びるレディ達と同じになってしまう。 彼を想えば想うほど、レンからの興味を失せてしまうのだ。 『終わりのない愛は悲劇、か』 “終わりのある愛は悲劇じゃないわ。終わりのない愛こそが悲劇なのよ。” ホントにそう思うよ、シャーリー。 こんな想いなんて、この白く吐く息のように、空気に溶けて消え去ってしまえば良いのに。 「シャーリー・ハザードね」 『っ、レン!』 思いもよらない背後からの返事。 弾かれるように振り向けば、すぐ真後ろにある背凭れに肘を付いたレン。 目の前で談笑していたスタッフ達もいつの間にか散り散りに別れ、撮影の諸作業をこなしている。 「オレはロマンチックだと思うけどね。永遠の愛なんて。」 掛けていた黒縁眼鏡を外し、胸ポケットに差し込んだ。 “そう思わないかい?”と同意を求めるようにレンが手を差し伸べる。 『…終わってしまう事もあるのよ』 「なに、失恋でもしたのかい?」 ソレを一瞥し、払い除ける。 アタシの返答に、怪訝な表情を浮かべた。 『…そうだね、』 レンから顔を背けて、立ち上がる。 アウターのポケットに片手を突っ込んで、公園内に設置されたダストボックスに空になったカップやカフェの袋を捨てた。 『これは失恋なんだろうね』 ソレと共に棄てるように吐いた言葉。 実ることのない、伝えることの無い想い。 そんなモノ、失恋したも同様だ。 いや、失恋の方が幾らかマシなのかもしれない。 終わってしまえば、新しい始まりがある。 終わりがないから、いつもレンに向かい、期待してしまう。 終わりのない愛は悲劇なのだ。 『痛っ、』 「…誰に?」 手首に感じる痛み。 ワントーン低い聲で不機嫌さを露にしているレンに、強い力で捕まれた。 振り解けない、強さ。 『…レン?』 「…っ、」 眉間に寄せられた皺が、彼らしくない。 アタシの知っている神宮寺レンは常に笑って余裕綽々。 必死だなんて決して有り得ない。 『レンには関係…』 「●●、好きだ」 関係無い、と言うつもりだった。 続きの言葉が出てこなかったのは、あまりにも真面目な表情で此方を見てきたからか。 常に強気な彼がいつになく見せる弱くて縋り付くような聲を発したからか。 「ずっと好きだった」 繰り返される愛の言葉に、ざわざわと血が逆流するような感覚。 レンがアタシの事を好きだなんて。 そんな都合の良いこと、有る筈がない。 レンの言葉を理解してはいたけれど、処理出来ずにいるアタシの手を引き寄せる。 ゆっくりと長い睫が縁取る瞼を閉じながら、映画のワンシーンのように、指先に唇を落とした。 『有り得ない…だって、そんな事…』 「…関係有るし、有り得るのさ。これでも分かりやすく接し分けしていたつもりなんだけど」 ばつが悪そうに髪を掻き上げながら、視線を少し游がした。 「気に入っていなければこんなに側になんて居ないし、名前でなんて呼ばないよ。 嘘でも好きだなんて言わない。 ずっと…あぁ、オレ何言って…」 思わずつらつらと出てくる言葉を、遮る様に口元を片手で覆い隠す。 何かが落ちた気がした。 難しく考える必要なんて、無い。 「…で、誰なんだい、●●が好きだった相手って言うのは」 いつも笑顔で、余裕綽々で、物事を上から見下ろすような態度をとるレン。 そんな彼が不機嫌で、必死で、余裕なんて微塵も無い。 あぁ、“接し分け”か。 そう気付けば、ストンと何かが落ちるように、処理機能が回復していく。 『レンだよ』 どこが好きだと問われたら、正直返答に困る。 『レンが好き。』 だって、こんな男のどこが良いのだと思うから。 それでも彼が物腰の柔らかい聲でアタシの名前を呼ぶ。 切れ長の目を細めて、薄い唇が弧を描く。 そして少し恥ずかしそうに照れて、目を游がす。 そんな彼が堪らなく愛おしいのだ。 『アタシもずっとね』 触れた指を絡めれば、きゅっと握り返される。 「なんだ、簡単な事だったんだ」 そう言って、アタシだけに見せるレンの無邪気な笑顔が、1番綺麗に見えた時だった。 もしかしたら親が何よりも望んでいるものを手に入れてしまったのかもしれない。 恋に落ちた相手が神宮寺レンだなんて、親孝行以外の何者でもない。 それでも良いのだ。 これはアタシと彼が選んだ結果なのだから。 (ずっと一緒。側に。) end 20120131 前後を気にしつつ、長めの文章を意識して書きました。 ら、ちょっと長すぎた&詰め込み過ぎた感が…。 レンブームはまだまだ去らないです。 ←一覧へ |