▼君とポラリスを






夢を見た。
星を数える夢。
藍色の紫が混ざった深い宙。
白く黄色く赤く青く光る灯り。

ソレを指でなぞる。
青々とした芝生の上に寝そべって、青草の香りを肺が満タンになる程深く吸い込む。
澄んだ風が鼻先と伸ばした手に当たる。


そんな夢を見た。







君とポラリスを








都会の宙は贋物。
何万光年も離れたこの眼に捉えきれない弱く儚い瞬きは掻き消して、
幾つかのソレだけを届ける。

もう今は消滅してしまっているかもしれない星達の最後の輝きでさえ見逃してしまう程、街中の明かりやこの視界に広がる空気が、隠してしまう。




『さむ…』




澄んだ空気の中、皆が寝静まった後、コートを引っ掴んで外へ出た。
吐く息が白い。
陽が沈むと氷点下になると誰かが言っていた気がする。


部屋のバルコニーから出て少し歩けば、庭と表現するには立派な木々が並ぶ空間に出る。
その最奥に置かれたベンチと、その前には湖面に映る月と星。
此処へはよく足を運ぶ。
都会の宙は贋物だけど、それでも此処から見る景色は幾分本物に近い気がする。
あくまでそんな気がするだけなのだけど。



コートをベンチに置いて、数歩前へ。
月に重なる様に自分の姿が水面に浮かぶ。



冷え切った空気を吸い込みながら、彼がくれた歌を口ずさんだ。
彼の故郷から見える宙の歌だと言っていた。
唇から零れ落ちた聲は木々の音に掻き消されて、星には届かない。
贋物の宙の下。


強く吹き付ける風が肌を刺して、ピリピリと痛む。
肺いっぱいに空気を吸い込めば、内側から凍てつくような感覚。
無意識に上がる肩と、感覚がマヒしていく指先。


冬の澄んだ空気なら星が綺麗に見えるといつか誰かが言っていたのに。

精一杯記憶を辿って、今までに見た綺麗な夜空を思い浮かべて、口ずさんでも。
彼の故郷の本物の宙には敵わない。
今のアタシにはこの歌を上手く歌える気がしない。



「●●ちゃん?」

『…那月?どうしたの?』

「楽譜を渡そうと思ったら、部屋を出て行くのが見えたから」



へらりと柔らかく笑う那月のソレは春の陽射しの様だと思う。
ポカポカと優しく降り注ぐ暖かな陽射し。
その傍に居るだけでとても気持ちが安らぐ。
だからこそ彼のくれた歌を大切に歌いたいと思った。
那月の大好きな宙の歌を。



「いつから此処に居たの?お鼻が真っ赤…頬っぺたも冷たい」

『…歌の、練習をしてたの』



頬を優しく包み込まれる。
肌を刺すような空気に晒していたせいか、那月の体温がみるみる浸透していく。

長い腕が肩を抱き寄せて、那月のお日様みたいな香りと温かな体温に包まれた。

凍った身体が解けていく。



「風邪をひいてしまうよ」

『此処は幾分綺麗に星が見えると思ったから。那月がくれた歌を歌うには此処しかないかなと思って…駄目だったんだけどね』

「え?」



宙を人差し指で指さして、見てと促す。
頭上にはオリオン座が鎮座していた。
その周りにもキラキラと輝く星達。
地元で見る宙よりも数倍綺麗に見える瞬き。



『那月の故郷には敵わないでしょう?アタシは本物の宙を知らないから、上手く歌えないの』

「●●ちゃん、」

『この宙も贋物』



都会のネオンと排気ガスと、沢山の障害物が宙を隠す。
贋物の光に惑わされ、人工的な空気が膜を張る。
帳の降りない夜。

何かの本で読んだけど、高原や山の中で見る宙は都会のそれとは別モノで、
微かな星の光もすべて目に届くから、星の洪水の様だと。



「ねぇ、今度来ませんか?」

『え?』

「本物の宙を見に、僕の故郷へ。●●ちゃんにも見せてあげたいんです。そしたら歌えるでしょう?」



すっと小指を立てて差し出しながら、再度ふわりと見せる笑顔。

二人で一晩中、宙を見よう。
オリオン座を見よう。
星の歌を歌おう。



「それまであの歌は取って置いてください。代わりにお日様の歌を贈ります」



小指と小指を絡めて、結ぶ。



「ね、約束」

『…うんっ、』



二人だけの約束を。



「明日ね、」



明日、起きたら。
白い雲の浮かんだ、高い空を見上げながらお日様の歌を。

暖かい紅茶を持っていこう。
ブランケットも、マフラーも。

ポカポカの陽射しの下、芝生に寝転んで。



いつかあの夢のような宙を見上げる時まで。





End

20120109


星空の本を買ったので、銀河系少年なっちゃんのお話を書いてみました。
よく宙を見上げるものの、本物にはまだ出逢っていません。
南十字星も結局見ていないし。

那月の口調を少しだけ砕けた方にしました。
翔ちゃんと話す時は割と砕けているので、ヒロインに心を許して居ればなと。


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