▼彼女を好きな理由








「●●、もう少し目線下げて、そう、そのまま…」




カメラマンの声とフラッシュの眩い光とシャッターを切る音。

淡いグレーの何の飾り気もないシンプルなドレスを着た少女に、ソレが向けられていた。

艶やかな黒髪が眼を惹く彼女の後ろには真っ白なカーテンが天井から幾つも吊られ、
ライトが当たって陰影のあるドレープを描く。


モノトーンの空間に幻想的に佇む●●。


軽く伏せられた所為で長い睫毛はより一層濃い影を刻み、
雪のように白い肌はビスクドールのソレを連想させる。
少し濃いめに塗られた紅い唇が少し毒々しさを放つものの、
白黒の世界を引き立たせる要因でもあった。


折れてしまいそうな程、細い手足を覗かせながら、
華奢なその身一つで世界を表現している。
時には天を仰ぎ、時には地に目線を贈り。
動きに添えられるだけのその指の先まで。
鳥肌が立つ程、神々しささえ感じる。



カメラマンの後ろでスタンバイしているヘアメイクやアシスタント、彼女のマネージャー達。
その場にいる全ての人間が息を飲む程、●●は綺麗だ。

綺麗と言う在り来りで、其処ら中に溢れている言葉で表現するのは、
多分間違っているのかもしれない。

そんな陳腐な言葉は彼女を形容するには足りな過ぎる。





スタジオの入り口から入ってきた僕とマネージャーの姿に気付いたのか、
何一つ撮り逃してはならないと言う位カメラのシャッターを切っていたカメラマンが漸く “少し休憩しよう”と聲を掛けた。


その言葉と同時に彼女に上着を渡すアシスタント。
そのまま此方に駆け寄って“お疲れ様です”と挨拶を寄越す。


軽く会釈を返し、羽織っていた上着を彼女に預ければ、
今まで神秘的に妖艶に綺麗に、この空間の流れを全て自らのモノにしていた●●が振り向いた。
その瞬間彼女の眉間にこれでもかと言う位深く刻まれる皺に、込み上げて来た笑い。



「おはやっほー!●●!久し振りだにゃぁ」

『…ウザイ』



彼女とはよく仕事でペアを組む。
と言うよりは、HAYATOのCDジャケットやPVに出演してくれている。
彼女の持つ儚く強いイメージがよく合うのだ。


綺麗な黒髪を手の甲で払い除け、くるりと踵を返してスタジオの端に置かれている椅子に向かう後ろ姿を追った。

ふっくらとした唇から彼女の透明な声で、歯に衣を着せない言葉ももう何度も聞いた。
切れ長の日本人離れしたくっきりとした二重の瞳に、不満と嫌悪の色が含まれているのも知っている。
細くて華奢な白い手指に軽くあしらわれるのももう何度目か。



「今日も相変わらずキレイだにゃぁ」



●●の隣に腰を掛ければ、体重が掛かった所為でパイプ椅子がぎしっと音を立てる。

用意されていたペットボトルの水を口に含みながら、
そう言った私の顔を“有り得ない”と鬱陶しそうに目を細め、ハァと大きく溜息を一つ。



『…貴方のそう言う所が、嫌いよ』



人懐っこい“HAYATO”と違い、元々人と関わる事は得意ではない。
基本的に無駄な時間を費やす事も嫌いだ。
自分に敵意や悪意や、勿論嫌悪の色を向ける相手には基本近付かない。
関わる理由が、近付く理由がない。


それでも彼女に話しかける理由は、多分、きっと。



「私は貴女のそう言う所が好きですよ」



●●の形の良い耳に、他の誰にも聞こえない小さな作りモノではない聲で囁けば、
途端に色付く頬と游ぐ視線。

雪の様な肌が熟れた林檎の様な色の変わる瞬間はいつ見ても愉しい。
そう言えばきっと貴女は怒るでしょうけれど。



『トキヤ、卑怯よ』



小さな手が頬を冷やす様に隠す様に当てられて、
きょろきょろと周りを見渡しながら呟かれた声は先程よりも柔らかい。


ほんの数分前までカメラを向けられていた時の表情とは180度違う。
年相応のソレになっている。


彼女に話しかける理由は、多分、きっと。
彼女はHAYATOとしての私が嫌いで、一ノ瀬トキヤとしての私を必要としてくれる唯一無二の存在だからだ。



「今日も宜しくにゃぁ」



眩しい程にライトが照らされている所まで、貴女の手を取って。
誰にも見えない様に軽く唇を落した。

その瞬間また色付く頬に愛おしさが募る。


だからまた私は“HAYATO”として笑えるんです。



(有難うを君に)

end

20111223


完全捏造。
HAYATOの曲は七色のコンパスしか覚えていないけど、
モデル起用しなくても良いと思いながら書いてしまいました。
空からHAYATOしか覚えていない。

HAYATOとトキヤをうまく使い分けていたら一ノ瀬は無敵だと思う。
四ノ宮’sレベルで。




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