▼大切な出逢い









駅までの道程に寂れた小さな公園がある。

ブランコとベンチだけのほんの小さなその空間は、さほど遠くない距離に大きな公園がある所為と、半分以上緑に囲まれている所為か人が居る光景を殆ど見た事がない。

最後に手入れしたのは何時の事かと言う程、成長して伸び放題の植木に、ブランコの塗装が剥がれてしまっている。

そんな十畳程度しかない此処が、アタシの逃げ場になっている事も屡々。





八時間の授業を終えて帰宅すれば、大量に出された宿題と翌日の予習をこなす為に机に向かう。
進学校に入学した所為もあり、日々勉強に追われ、友達と遊ぶ時間もままならない。


キィキィと錆びた摩擦音を上げるブランコに座り、ジャリジャリと鳴る地面を睨み付けた。

イライラする。

頬がスゥっと冷えた。
大方零れ落ちた雫で濡れた所為。



別に勉強が嫌いと言うわけではない。
寧ろ脳に栄養をやっているようで、情報を入れていくのは好きだ。

ただ、少しのキャパオーバー。
親の為に勉強をして居るんじゃないかってそんな気がして、空しくなっただけ。




『もう泣かなくて良いよ』




ただ不意に。


街角を彩る流行りのアイドルの曲のメロディを、ただなぞっただけ。
街角で、テレビで、立ち寄った店の有線で。
殆ど刷り込みに近いソレを口ずさんだだけ。




『そのままで良い』




いつもニコニコと笑いながら無邪気に話すアイドル。
決してファンと言う訳ではない。

ブランコを揺らしながら。
軽く足元の砂利を蹴りながら。

脳裏に浮かんだ詩を、歌っただけ。




『空を見て「Ah...my sweetest love」』




被せる様に聞こえた聲は、電波に乗って聞こえてくるモノと同じ。

聞こえる筈がない聲。

此処に居る筈がない。
こんな所に。


紺色のさらさらの髪に、藍色の眼。
黒のロングコートに身を包んだその聲は、
ひょこっとでも言うかの様に公園の敷地内に踏み込んできた。



『え、…HA…YAっ、!?』

「君は多分ね、自分をまだよく知らない。
その涙はきっと、君を導く虹になる。」



トンと人差し指をアタシの口に軽く押し付けて、彼の屈託の無い笑顔を刻んだ。
テレビで見る何十倍も柔らかく。



彼はただ何気なく、詩の続きを歌っただけ、なのかもしれない。

それでも今のアタシには十分すぎるモノだ。




呆気に取られて微動だに出来なかったアタシの手を取って、ポケットから取り出した何かを握らせる。

そのまま大きな掌が頭の天辺を柔らかくポンポンと撫でるように跳ねた。



「有り難う」



そう言ってまた弧を描く唇。
ロングコートを軽やかに翻して、立ち去る背中を見送った。

呼び止める必要は、ない。

掌を広げてみれば、飴玉が一つ。
包み紙を開けて口に含めば、広がる甘味。



『有り難うは、こっちの台詞』



甘味が喉から降りて身体中に染み渡っていく気がする。
息苦しさがソレと混ざりあって、消えた。


ブランコを揺らすのに合わせ、キィキィと鳴る摩擦音はもう気にならない。


“その涙はきっと、”


コロンコロンと歯に当たって鳴る飴。


持っていた鞄の中を漁って、参考書を取り出す。
蛍光マーカーが所々引かれた文面を何度も反芻しながら頁を捲っていく。

明日は小テストの日だ。


その帰りにCDショップにでも寄って、
一枚くらい買ってみても良いかなと思った。


街角を彩るアイドル。
彼との思わぬ出逢いを忘れない為に。



(この歌に救われた)

end

20111218


自分の高校時代の話なので今八時間授業は普通だよとか言われたらごめんなさい。
結構きつかった気がします。

名前変換機能使ってない…。

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