▼君とワルツを









シンと冷えた空気。
澄んだ冬の匂い。


12月に入り、今年も残すところ後少し。


窓から見えるオレンジ色の葉が
ゆっくりと螺旋を描いて地に触れる。


椅子の背凭れに体重をかけて、
のけ反りながら秋晴れの空を見ていた。





「じゃあ、なっちゃんと●●ちゃん前に出て」




早乙女学園では毎年12月にダンスパーティが開催される。



それまでに上手く踊れる様に
Sクラス、Aクラス合同で週に3回、ダンスの授業があてられていて。
今日はその何回目かのレッスン。


名前を呼ばれた二人は成果を見せてと
月宮先生に指名された。





「よろしくお願いしますね、●●ちゃん」

『こちらこそ、那月君』




お互いの右手を重ね、
片足を軽く後ろにトンと引く。

●●の手に唇を落とす様に少し身体を屈ませて挨拶をする那月に、
制服のスカートの裾を少し摘まんでお辞儀をする●●。




「1、2、3、1、2、3…」




スピーカーから流れるオーケストラの演奏に月宮先生の手拍子が重なる。
二人の足が軽やかにステップを踏んだ。




「シノミーとレディは映えるね」




隣に腰を下ろしたレンがくるくると回りながら踊る二人を見ながら、
曲の邪魔になら無い様にこっそりと耳打ちしてきた。


確かに那月のデカイ身長と、
おっとりした性格の所為もあってかゆっくりとした動きは
●●を上手くリードし、彼女を引き立てている。

●●も小さな頃からバレエを習っていたらしく、
その足取りは風に舞う黄金色の葉の様に軽い。



優雅に動く二人に、見慣れたいつもの教室が
シャンデリアのある大ホールにだって見えるような気がした。





深くハットを被り直しながら自分の掌に視線を落とせば、
女性の様に小さくて華奢なソレ。

乾いた空気に少しかさついた唇を噛んだ。





「おチビちゃんはレディのパートも覚えておいた方が良いんじゃない?」




レンの腕が肩に回されて身体をそちらに引き寄せられたと思えば、
エスコートする様に俺の右手を握る。

可愛い手だよね、俺からドレスを贈るよ、なんて。
何処までも人をバカにする様な言葉をにやにやしながら放ってきた。




「うるせぇ!俺は男だっつーの!」




バカにしてんのか。

そう吐き捨てて立ち上がれば、
トキヤが腕を掴み、“翔!”と抑制の聲を寄越す。

その手を思いっきり振り払い、
上手い具合に鳴り響いた終業のベルと共に教室を後にした。





やれやれと肩を竦めて溜め息を吐くレンの横。
視界の端に写り込んだのは、未だ那月に手を引かれている●●。





俺だって。


この身長で、この華奢な身体で満足している訳ではない。

彼女に似合うようになりたい。

15年間付き添った身体を恨めしく想い、
そんな自分に、泣きそうになった。




手を、繋ぎたいんだ。







生徒の間を駆け抜けて、
階段を二段飛ばしで登り詰める。


外に続くグレーの重い扉を開ければ
視界いっぱいに広がる青。

少し肌寒い風に乗って
ふわふわの真っ白な雲がゆっくりと流れ、
さっきまで窓から眺めてた木々がざわざわと葉を鳴らす。




「ハ、…きっつ…」




壁に凭れ掛かりながらしゃがみ込めば、
ドクドクと煩い位脈打つ心臓。
きゅっと胸元を掴みながら冷えた空気で肺を満した。



胸が苦しくて。
胸が痛くて。



青い空が憎かった。






『翔!見付けた!』





俺の名前を呼びながら、
勢いよく開かれたドアから飛び出してきたのは●●。




「…冷ってぇ!」



名前を呼ばれ、反射的に顔を向ければ
少し汗をかいたカフェオレのパックが頬をヒヤリと刺激する。


“よく飲んでるでしょ”と差し出されたソレは俺の密かなブーム。

よく連む仲だからと言ってしまえばソレまでで。


それでもこんな些細な事が何よりも嬉しく感じるのは、
それが●●だからだろう。





『アタシのダンスどうだった!?』





屋上のコンクリートの上、
トントンとステップを踏みながら、
太陽に向かって手を大きく広げる●●。


彼女の癖っ毛を撫でる風と、
穏やかに降り注ぐ陽射し。


黄色いチェックのスカートが
舞い落ちる紅葉の様に揺れる。


澄み切った空を抱き締める様に見上げた。




眩しい位、綺麗。




「…まぁまぁ、だな」




ツンと刺す胸の痛みを隠す様に、
ストローを突き刺した紙パックに口を付ける。


ミルクが沢山混ざっているお陰で
最近摂取出来る様になったカフェイン。
喉を通過する微かな苦味。

ソレがホンの少しだけ気分を背伸びさせる。





『ホント!?じゃあ翔、一緒に踊ってくれる!?』

「え!?なんで…俺、」





此方に差し出す●●の小さな手。

自分のソレで受け止めれば、
きゅっと握られる右手。






『だってその為に練習してきたんだもん!』





ストンと座り込んで此方を覗き込む●●は、
歳上と言う事を全く感じさせない。
とても無邪気に笑う。



“翔と踊りたいから頑張ったんだよ”って。



言いたくて仕方なかった言葉をさらりと言ってのける彼女に
頬が熱くなるのが解る。





『もしかして…もう予約いっぱい?』




覗き込むように伺う●●から赤く染まった頬を隠す様に俯いた。




俺だって。
いつか。

●●の隣に合う男になりたい。


いや。
なってみせる。





「んな事、ねぇよ。…俺も、」





那月みたいに上手くエスコート出来ないかもしれないけれど。





“お前と踊りたい”




掠める様に彼女の手の甲にひとつ、
口付けを落とした。





(パートナーはお前だけ)

20111207

end


手の大きさの話を書こうとして何故かこうなった…。

翔ちゃんの●年後は身長が伸びて男気が更に全開になってる事を期待します。
彼女の為に必死に頑張って欲しい、色々と。

少しスランプ気味。

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