▼始まりの朝










はぁぁ、と大きくついた溜め息が
朝の静かな空間に響く。

今日の運勢は多分最下位なんだろう。








始まりの朝








幸いな事に目撃者はいない。
アイドル候補として、失態を誰かに見せる事は好ましくない。


ただどうする事も出来ずに、
とりあえずその場に腰を下ろした。

廊下の窓から見える灰色の空を恨めしく睨み付けた。

全てはこの空のせい。






『マジで最悪』





朝起きて制服に着替えて寮を出た。

そこまではいつもと何ら変わりの無い朝。


昨日レッスンルームに置き忘れた教科書を授業の前に取りに行った、
ところまでは良かったんだ。




早朝僅かにぱらついた雨は誰かに運ばれて、
ほんの僅か校舎内にも水溜まりを作り、
滑り止めを付けているとは言え、ソール部分の摩擦を軽減させた。


お陰でこの様。


数段踏み外した瞬間、
手摺を掴み、右足が身体が傾くブレーキを掛けるようにダンと地を鳴らした。





外傷はないものの、内側からじわじわと伝わる嫌な熱が足首にまとわり付く。

熱と共に襲い来る激痛は足首にも心臓があるかの様に脈を打ち、
少しでも何処かに触れようものならソコから粟立つように激痛が駆け巡る。




再度、はぁ、と吐き出した重い溜め息は、
灰色の空に溶けていく。




左腕につけた時計の針はあと数分で授業の始まる時刻を指し、
そのせいか生徒が通る気配はない。




さて、どうしたものか。




一人では到底移動は出来ないなと、
携帯をポケットから取り出して、
仲の良い同じクラスの一十木音也をディスプレイに呼び出そうとした。

彼なら迎えに来てくれるだろうと思ったところだった。








「…▲▲?」





響くテノールに振り向きながらスッと立ち上がれば、
階段の上からゆっくりと降りてくる姿。
彼も同じクラスの一員、聖川真斗だ。


音也達と仲が良いとは言え、
一緒にはしゃいだりする彼と違い、
物静かな聖川君とは挨拶を交わす程度。



クラスメイトだけでなく他のクラスの女子達が騒ぎたてる人物に聲を掛けられて少し、
脈が早くなった気がする。
恋愛とかそんなものとは無縁の自分が、だ。




『おはよう、聖川君』

「お早う。…どうかしたのか?」




トントンと階段を降り、
同じ目線になるように一段下で止まる聖川君。


挨拶を返しながら階段に座り込んでいたアタシが気になったのか、
綺麗な藍色の目が覗き込んでくる。




『あー…ちょっと足挫いちゃって』




ソレと共に女の子以上に綺麗な肌と長い睫毛が至近距離で視界に入り、
ホントドジだよね、と笑いながら直視出来ずにその場にまた座り込んだ。





『音也にでも迎えに来てもらおうと思…痛っ!!』

「大丈夫か!?」




少し動けば鈍く響き渡る痛み。

庇うようにしていた右足を見ながら、
珍しく少し焦った聲に大丈夫だからと繕った笑顔を向ける。



同じくしゃがみ込んだ聖川君のさらりと靡く髪に
窓から射し込んだ朝の陽射しが反射した。






「俺が保健室まで連れて行こう」

『い、いや、悪いよ!!!』




目の前に差し出された手に
両掌を彼に向けてをブンブンと振り返した。




「一十木を呼ぶより早いだろう」

『え、でも…!』

「…嫌、か?」




顰められた眉間とワントーン低くなった聲。




『違っ、』




それを否定するように今度は首を強く左右に振る。





「なら問題なかろう。」

『っ、』




ふ、と漏れた笑みに息を飲んだ。


綺麗。


その単語がホントによく合う。



ゆっくりとアタシの身体を抱き上げる聖川君。



膝裏と背中に感じる聖川君の腕は普段の彼から想像もつかない位、力強い。

決して軽くはない人一人分の体重を軽々と持ち上げる彼は確かに男の子。


あまり女の子扱いされないアタシの顔を赤く染めるには十分すぎる状況。





「…落ちない様に首に腕を回せ。
その方が安定する。」




聖川君に見えないように無意識に俯いていたアタシの背中に回る手が
トントンとソレをノックした。




『…し、つれいします。』

「あぁ」




おずおずと伸ばした手に、
先程よりも至近距離で見えた聖川君の目が優しく細められた。




ドクンと一際大きく鳴る心臓。




聖川君に聞こえてはいないだろうか。



自分の中の少しの女の子の部分が
彼に向いているのが解る。




しかし、校則は破れない。



ほんの少しだけ。
回した手にきゅっと力を籠めた。









「…▲▲、」




保健室に辿り着いた瞬間、
耳に届いた聖川君の聲に、
更に心臓が煩くなったのはここだけの話。





(俺はお前と仲良くなりたい)

end

20111120


終わり方がちょっと迷子。
先日階段から落ちた時に思い付いたお話でした。

ゲームしだしたらちょうどお姫様だっこシーンあったから良かった!

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