▼青い空の約束














「来栖くん、解っているね?次の発作が起きた時は…。」







深刻な表情を浮かべ、カルテと此方を行ったり来たりする視線。

白衣に身を包んでいる人物は昔から知っているし、
次の発作が、なんて言葉はソレこそ小さい時から何度も聞いている。



そして毎回俺はこう言うんだ。



「もう少し待ってください」



その言葉に医師や看護師達が溜め息を付きながらカルテに何かを書き込む。

そんな何年も繰り返される定期検診。






自分の選んだ世界で生きるには弱すぎる心臓だって解ってる。

それでも卒業するまでは。
この自分の心臓と一緒に歌いたいんだ。

ホンの少しの我が儘。






息が詰まりそうな診察室を抜け、
近くにあった階段を上りきる。

重い灰色の扉の向こうには泣きたくなる程晴れ渡った青空が広がっていて、
小さくトクトクと脈打つ心臓が痛む。





目の前を自由に飛んで行く白い鳥達に想いを馳せた。







『あ!!』




視界の端に映る白い影。




「、っ!」



少し跳ねて思わず腕を伸ばせば
風に靡いて宙を舞った白いストールが巻き付く。


こんなにも簡単に地面から離れる事は出来るのに。

視界からはもう消えてしまった鳥の様な自由は授かっていない。





「すみません!」

「これ…お前の?」




綺麗過ぎる青の下、聲を掛けてきたのは
大きめのカーディガンに身を包んだ少女。


澄んだ空に今にも溶けてしまいそうな白い肌が
どこか自分と同じ香りがした。





『有難う』




コツンとコンクリートの床を鳴らしながら近付けば、花が咲く様な聲。

そんな聲と出逢った。







.









検診の度に立ち寄るようになった屋上には真っ白のシーツの海。


あまり人が立ち入らないのか申し訳なさそうに置かれたベンチに腰を掛けて、
今日も今日とて灰色のコンクリートから
青い空を見上げている彼女の名を呼ぶ。





「●●!」

『あ、翔くっ、ゴホ…、っ、』

「ちょっ、おい!」




胸を押さえて咳き込む●●に駆け寄れば、
掌を少しパタつかせながら、大丈夫と小さく唇を動かした。

数回大きく息を吸い込んで息を整えると
ゆっくりと顔を上げて笑う。




『こんにちは、翔くん』




ふわりと花を咲かせながら笑う●●の膝に乗せられた白いストールを掴み、
彼女の隣に座りながら彼女の肩に掛けてやる。



「ちゃんと羽織ってろよ」



おまけにこれでもかと言う位、ぐるぐると巻き付けて。
そうすればまたふわりと笑みが溢される。






上手く肺が機能しない●●は、
冷たい空気が肺を刺激するだけでも苦しそうに咳をする。


心臓が弱い俺と肺が弱い●●。





爆弾を抱えて自由には生きられず
決して飛べない俺達は空を焦がれて
空を見上げる。




小さな俺達が見上げる空は出逢ったあの日よりも淡く、
ゆっくりと優しい秋の空に変化してきた。











太陽に掌を伸ばし、指の間から射し込む陽射しに、
眩しそうに細められた●●の眼。






『来月、手術決まったの』





ポツリと呟いた赤い唇。

目線は合わない。

遠い遠い青の先に送る眼。

その眼とは裏腹に“難しいみたいなんだぁ”
なんて軽く放つ聲に心臓が、鳴る。


無意識にその眼を追った。





「…俺も。」

『え?』

「心臓、手術しにアメリカ…行く。」






もう待てないよ、と医師に告げられたのはほんの数十分前。
ここ最近の検診結果が非常に宜しくないようだ。





『そ、っかぁ…同じだね』

「あぁ」





頭上の青を見つめていた彼女が
ゆっくりと合わしてきた眼。









雲1つない青の下。





『ねぇ、翔くん。約束しようよ、』





●●の聲が響く。






視界の端に映る白衣と点滴。
規則正しく音を刻む機械。


薄れて霞んでいく意識に●●との約束を繰り返した。



絶対にまたあの空の下。






少し伸びた髪の●●と逢う為に。







(久し振り、翔くん!)

end

20111113



まだまだ恋は芽生えたばかり。

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