▼美女と野獣











握り締めた拳を止められるのは眼鏡と。









美女と野獣











自己防衛とか那月防衛本能とか。
そんなモンが作動した時は脳内が熱を持ち、
何かが壊れたかの様に抑えられない衝動に駆られる。



そうなれば目の前の人物が誰であろうと、
例えソレが幼少の頃からの知り合いであるチビであろうと
握り締めた拳は振り下ろす他ない。



いや、ソレが誰なのかは振り下ろした後、気付くのだ。















「ゴミはゴミ箱に、だろ」




ぶつけられた紙屑を握り締めたその手で先程すれ違った人物の真横、
バキッと大きな音をたてて白いコンクリートの壁に拳が埋まる。


パラパラと落ちる壁の残骸がこれでもかと言う程見開いた眼に写ったらしく
真っ青に変化していく表情を脳が認識した。

少しやり過ぎたか、と思うも時は既に遅し。





「す、すみません!!」

「…フン」





腕の隙間から這い出たソレは冷や汗をかきながら、
足をガクガクさせて彼方へ逃げていった。



その姿を見ながら乱れたジャケットの襟ぐりを直す。






無駄な時間を費やした。
一週間ぶりに表に出て、機嫌良く作詞活動に勤しんでいたと言うのに。


今の騒動で散った五線譜を拾い上げながら
はぁ、と溜め息をつく。




ソレに付着した砂をパンパンと掌で払えば、
不意に絡む、ヒヤッと冷えた自分よりも細い指の感触。





『ダメだよ、砂月』




その感覚はよく知るモノで。


視線に入る赤いカーディガン。


先日一緒に買いに行ったソレを身に付けているのは俺の、唯一の安定剤。




「居たのか」

『ずっと見てたよ』

「…聲掛けろよ、早く」




自分でも解る程尖っていた神経が一瞬にして穏やかなモノになる。



例えば春が来て冷たい雪が溶けるように。
雨の日の灰色の雲が晴れて青く澄むように。



そっと一歩。

彼女の方へ。
俺の方へ。



近付きながら見上げてくるガーネット。
ぱっちりと開かれたソレはいつ見ても、何度見ても宝石の様に綺麗。







『絶対ダメ、ヴィオラを弾く手が傷付くよ。』





優しく撫でながら包み込まれた掌に彼女の低い体温が伝わる。

ソレが酷く心地良い。





『砂月の音が聞けなくなったら嫌』





滲む視界の中ゆっくりと口付ける●●。

優しく触れるソレが俺の指先まで愛おしいと言うように。




「●●、」




きゅっと絡めた指を引き寄せて、お返しの口付けを。

ソレを甘んじて受けた●●の、
ふわりと花が咲く様に綻んだ口元。




『砂月の手、綺麗ね』




●●の聲が俺の名前を紡ぐ。

彼女は俺の前では那月の名前は出さない。
“あくまでも砂月に”と言う彼女の気遣いが泣きたくなる程、愛おしい。




那月の影でしかない自分なのに。
いつか消え去る運命なのに。



愛されていると、
幸せな錯覚を起こす。







「…●●、好きだ」







視力矯正器具を付けていないこの眼で
●●の顔を、眼をはっきりと克明に見つめられるのは
鼻と鼻の先端が掠める寸前。



ゆっくりと細められるガーネットに添えられた長い睫毛の一本一本、
ピンク色の頬にふっくらした緋色の唇まで。



啄むように降らせるキスの雨をその緋に落とすまでのほんの刹那、
この眼に脳裏に焼き付けるのだ。





『アタシも砂月が、好き』





いつか消え去るその時まで。

この幸せな錯覚に溺れさせて。





(片割れよりも大切な君)

end

20111111



ポッキーの日。
長編とか静雄とか書いてたのに割り込んで出来上がったさっちゃん。

砂月視点を書きたくて。

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