▼魔女と呼ばれたお姫様











幼心に憧れたお姫様。

王子様が迎えに来てくれる、なんて夢のまた夢だと思ってた。




幼い頃から身体が弱かった為、友達の殆どは親が買い与えてくれた本達。

掛けた厚いガラスのレンズと親譲りの漆黒の髪のせいで付いたあだ名は“魔女”。



憧れたお姫様、なんてモノには程遠く
“魔女”なんかに育ってしまった自分はあまり好きではない。





そんなアタシにも神様の気紛れとでも言おうか
天変地異がいつ起こっても可笑しくない、春が訪れた。



その経緯は別の機会に紹介するとして、
下校の時間、生徒で賑わう校門に凭れ掛かりながら立っている人物。


遠巻きに騒ぐ女子達に怪訝な表情を浮かべる彼、
2週間前に世に言う“彼氏”になった聖川真斗。

今でも夢なんじゃないかって思う。





『聖川君!?』

「●●、迎えに来た。」






駆け寄るアタシを見つけるなり、組んでいた腕を解き、甘いテノールを発する。

周りのギャラリーは驚きを隠せないと言う視線を寄越した。




『どうして此処に、…!?』

「へぇ、このレディが聖川のねぇ。」

「去れ、邪魔だ。」





聖川君の後ろから彼と同じ制服を着崩した生徒。

不機嫌を露にする聖川君よりも少しだけ高い位置にある目がアタシを捕らえる。

品定めをするかの様なソレが怖くて、
聖川君の後ろに隠れるようにして逃げた。





「一目お前のお姫様を見に来ただけじゃないか、聖川。」






綺麗な橙色の髪を手の甲で払い除けながら吐いた、
“お姫様”と言う単語が突き刺さる。


高校に入学して多少身嗜みを整えるようになったとは言え、この真っ黒な髪はお姫様からは程遠い。

とりわけ美人と言うわけでもない。

聖川君の隣に並ぶなんて大それた事。

制服のスカートの裾をぎゅっと握りしめ、何処かへ消えてしまいたい気持ちを堪えた。
圧迫された様に胸が苦しい。





「育ちを疑うぞ、神宮寺。失礼極まりないな。」

「気を悪くしたのであれば謝罪するよ、レディ」

『え、あ、あの…大丈夫です』





聖川君の背中に隠れているアタシを覗き込むように少し屈んだ神宮寺さん。

悪気はないようだ。
申し訳なさそうに柔らかく笑う。






「綺麗な黒髪だな、レディ」

『え…っ、、!?』





スッと伸ばされた腕に少し身体が強張った。


掬い上げられた一筋の黒を弄ぶように指に絡め、
毛先に薄い唇が落ちる。



そんな事、今までされた事がない。




ドクンと心臓が鳴ったと同時に、
“バシッ”と目の前で乾いた音が響いた。





『ひ、聖川…君?』

「…●●」




大きく溜め息を吐いた聖川君がゆっくりと片膝を立てるようにしゃがみ、
アタシの手を取り手の甲へ口付ける。



ギャラリー達に見せつけるかの様に。

優しく包み込んで、柔らかな唇が落とされる。


まるで忠誠を親愛を誓う、騎士のよう。


くらくらする。






「触るな、神宮寺。」






きゃぁきゃぁと五月蝿い外野をそのままに
ゆっくりと指が絡められる。

立ち上がった聖川君の片腕が腰に回り引き寄せられれば
何度も愛おしげに唇が触れる。


手の甲に。

指に。

爪に。






「ハイハイ、邪魔者は退散するよ」

『っ、』






一瞬で逆上せる様な感覚から引き戻された意識。





遠巻きに騒いでいるクラスメイトが数人目についた。

明日からどんな顔をして登校すれば良いのか。




去っていく神宮寺さんの背中を見つめながら、
そんな悩みが頭の中を過った。






(俺のお姫様)

end

20111030


終わり方に納得がいかないのですが、
手の甲にキスしたかっただけのお話。

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