▼其はただの愛









「●●、何食べてるんですか」

『あ、トキヤいらっしゃい』





都内某所にあるなんの変哲もないマンションの一室。

ポケットから取り出したキーケースに付いた合鍵でドアを開ければ、
乱雑に脱がれたブーツやパンプスが目に入る。

ソレ掴んで壁沿いに並べて、辛うじて空いたスペースに滑り込む様に靴を脱いだ。






数歩分しかない狭いフローリングの廊下の先にある扉を開ければ、
1ルーム、8畳の部屋に置かれたソファに寝転びながら
家主は特に気にする事もなく部屋着のまま自分を迎え入れた。




手に握りしめているのはポテトチップス。
机の上にはポッキーにリプトンのアップルティ。


嫌な予感と共にキッチンへ向かえばカップラーメンの容器が捨てられていて。


合計カロリーを想像するだけでぞっとする。




「偏った食事をしてはいけないとあれ程…」




反省の色など微塵も見せない●●はソファの下に転がったコンビニの袋からオレオを取り出しながら、
今日はお菓子の日なんて莫迦げた事をぬかした。






『だってトキヤが来ないんだもん』






仕事で一週間来なければこの有様。


そう、彼女は生活能力に欠けているのだ。


掃除洗濯は勿論、料理なんて四ノ宮那月以上に有り得ないものを作り出す。


何故そんな●●の部屋の塵を集め、
樹海の様なキッチンを片付けて、
スーパーから買った食材を調理しているのか。




答えは至極簡単。

所詮惚れた弱味。




白いご飯に味噌汁。
焼き魚に胡麻和えと煮物達。

純和風の料理を、大きくはない木製のテーブルに並べた。


ベタだとは思うがこう言う夕食が一番落ち着くのだ。
何も飾らない所が。


自分が生きると決めた世界は酷く息が詰まるから。




●●を好きになった理由も同じ。

ありのままの姿を見せてくれる。
(少々自堕落過ぎるとは思うが、これで外に出れば凛とした姿勢で仕事をこなすから女性とは恐ろしいものだ。)



『良い匂い!』



出来上がった料理達の香りに誘われてソファから此方に寄ってくる彼女の髪を整える。

ごろごろし過ぎていたせいで縺れてしまった髪を撫でる様に触れれば
クスクスと可愛らしい声を上げて笑う。


ソレにつられて上がる口角は嫌いじゃない。


肩口に感じる重みを引き寄せて
額に一滴、唇を落とせば●●がふわりとはにかんだ。





『いただきます、トキヤ』

「えぇ、いただきます、●●」





なんて幸せなのだろう。

自分の作った肉じゃがを小さな口へ運ぶ●●を見て心底思った。

胸の中に明かりが灯る感覚。
暖かなモノが充満していく。



あぁ、簡単な事だったんだ。



「●●?」

『ん?』



見上げてくるくりくりの瞳に愛おしさが募る。





「結婚しましょうか」





秋刀魚を口に含んだ●●の箸が一瞬だけ宙で止まり、
ソレを咀嚼した後、テーブルの上に箸を置いた彼女が此方に向き直る。

いつも何処かへらっとした空気を孕んだ●●の目がゆっくりと細められた。



彼女はいつも可愛い顔をくしゃくしゃにしながら笑う。



ソレにつられて緩む頬も嫌いじゃない。




どうか君の人生の半分を私に下さい。

何よりも大切にするから。




●●が小さく“はい”と答えた。






(君と居るのが何よりも幸せ)

end


20111022


結婚願望はあまり無いのであれですがトキヤが
面倒見良さそうなのを書いてたらこうなってしまった。

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