▼読書の秋












『トキヤ、何読んでるの?』

「聖川さんに借りた小説です」



ハードカバーを目線の高さまで上げてタイトルを見せるはSクラスの一ノ瀬トキヤ。

この部屋の住人である。




『面白い?』




トキヤが体を預けていた革張りのソファの空いたスペースに腰を掛け、
煎れたての珈琲が入ったシルバーのマグカップを渡した。



「えぇ、●●も何か読みますか?」

『う、ん』



ありがとうと言いながら一口口付けて、サイドテーブルにソレを置くトキヤにどうにか吐き出した言葉。

彼がソファから立ち上がったせいで少し沈む身体をそのままに
物色し出した大きな背中を見詰めた。




「じゃあ●●にはコレを。」

『…ありがと。』




棚から抜き取られた薄めの文庫本。

聞いたことのない作家の名前と、
ソレからは中身が連想できそうにないタイトルと、
夜空が写っている表紙。

パラパラと中に目を通せば、小さな文字の羅列で頭が痛くなる。





『…』




元より此処に本を読みに来たわけではない。


時たまページが擦れる音が響くだけの静かな空間に、
本に集中など出来るわけもなく、空を数回泳いだ視線。



隣に座るトキヤに目を向ければ、
組んだ足の上に本を置いているせいで少し伏せられた目に長い睫毛が影を落としている。



捲っては右手を口許に持っていき、人差し指の背を唇に当てる。

考える時のトキヤの癖。
聖川君に借りたという辺りから、何か小難しい内容に間違いないだろう。






『…ねぇ、』

「ちょっと待って、」




良いところだから、何て言いながらまたページを捲り、
忙しそうに小さな文庫本の上下に目線が動く。

サイドテーブルに置いた珈琲をまた一口。




隣にいるアタシなんて頭の片隅にも無いと言うかのように、本を食い入るように見詰めるトキヤ。


トキヤに向いている身体も気付いていないようで。




『トキヤのばか』

「何ですか、いきなり」



軽く本を持つ手の甲を叩き、
振り向いたトキヤに文庫本を押し付けた。




『聖川君のばか』

「●●!?」




本なんかに集中する貴方なんて。




『折角、隣に、』



居るのに。






「●●!すみません、気付かなくて…」





パタンと閉じたソレをマグカップが置かれるサイドテーブルに並べて、
此方に向き直したトキヤの腕が背中に回る。


とんとんと優しくリズムを刻む背中の手に、
ぐるぐると渦巻いたくだらない嫉妬は彼方。





「本なんかによそ見していられませんね」





そう言ってコツンと触れあう額と額に、
至近距離で合わされる視線。




『そうだよ…よそ見しないで』




くすりとトキヤが笑う。

耳元に響くトキヤの声。

胸の中が暖かくなって、何かが溢れるような感覚。


一瞬で満たされた。



貴方からの“好きです”




(アタシだけ見てて)


end

20111015


読書の秋と言うことで。

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