▼季節外れの月見草











夕方咲き始め、陽が昇る頃萎むソレ。

暗闇の中、神秘的に輝く月を仰ぐ様に咲く白い花。




まるで貴方を見詰めるアタシの様に。






季節外れの月見草









鈴虫が羽音を鳴らす肌寒くなってきたこの季節、
少し薄手だっただろうかと後悔しながら家の扉に手をかけた。


まだ吐く息は白くないものの、夜は一気に冷え込む。

汗ばんでいた数日前が嘘のよう。






コールタールに靴底が擦れてコツンと音が鳴る。

夜になると途端に静かになる住宅街に、ソレと鈴虫の音だけが響いた。









家からいくつか角を曲がった先にある公園は緑が生い茂っていて、川のように作られた水路が澄んだ空気を作り出し、
木の柱と屋根が続く外周のせいでコンクリートだらけの街から切り取られたように鎮座している。

陽が暮れた公園で夜空を見上げる事、ソレが日課となっていた。



その理由は何処からか聞こえる音。


数日前、虫達の求婚のメロディとハーモニーを繰り広げるソレに出逢ったのだ。






耳を撫でる様に響き渡る曲に
公園の隅に設置されたベンチに深く腰を掛け、目を閉じる。


脳内を駆ける弦の音。


聞き入るように意識を集中した。







「おい」




不意に声を掛けられて、目を開ければ月の光を背にした影。

闇夜の中、僅かに降り注ぐ灯りがキラキラと反射した髪。




『…お月、さま?』




金色の髪がとても綺麗で。


眩しい程の月明かり。


思わず声が漏れた。





「…風邪、引くぞ」
『え?…あ、あの!』




肩に降ってきたのは男物のグレーのジャケット。

ソレを確認しているうちに駆けて行った背中に、
ヒュッと秋風が吹いた気がした。





.










今日も今日とて公園に足を運べば、
ベンチから少し離れた木々に囲まれたスペースで、背筋を伸ばして弦を弾き鳴らす姿。

繊細に踊る左手とピンと張られた糸が奏でる切な気な音。



音が止むまで一歩も動けずにいた。




『…これ、ありがとう』



小さな溜息と共に曲線を描くボディが肩から下ろされた事で終わりを告げた演奏会。

邪魔をするつもりはなかったがまたコツンと鳴ってしまった靴音に彼が振り向いた。




「あぁ。」




昨日は逆光だった為、よく見えなかった表情が窺える。

ジャケットを受け取る手が、動く度に揺れる金色の髪と細く鋭い眼が夜なのに眩しくて、一瞬魅入ってしまった。

鋭くて切ない金緑石の様な眼。



『そ、れ…ヴァイオリン?すごく上手なのね』


毎日此処へ来る理由を思い出し、何とか飲み込んだ空気で上擦った声に気付かないふりをして先程まで彼が弾いていたソレに視線を向けた。



「ヴィオラだ。ヴァイオリンよりも音が低い。」

『すごく、落ち着く音ね』




此方を一瞥しながら小さく浮かべた笑みと吐き出された息は風に消え、
ざわめく木々と静かに流れる水音をバックコーラスに瞳を閉じながらスッと肩に構えられたヴィオラがまた、唄い出す。

背の高い彼のその姿があまりにも綺麗で。

心地よい風が吹いているのにも拘らず火照り出し、赤く色づいているであろう頬は、
太陽が隠れているおかげで彼には見えないだろう。


優しく切なげに愛おしげに儚げに。
全ての形容詞を纏う金色のヴィオリストにただただ目を奪われた。





.







「…またお前か」

『邪魔?』


はしゃぎ回っていた子供達は親に連れられて公園を後にし、
誰もいない空間で一人陽が落ちて藍色に染まった空を眺めていた。

顔に影が落ちたと思えば隣に座りこんだヴィオリスト。


「いや。」
『ありがと』


身体の横に置かれたケースから取り出した弓を柔らかな布で拭く。
その動作一つ一つ綺麗だと思った。



愛おしそうにソレを見つめる金緑石に映りたい。
なんて馬鹿げた事。
自嘲を含んだ溜息をひとつ、澄んだ夜空に吐き出した。




『ねぇ、兄弟っている?昼間そっくりな人を駅で見掛けたんだけど…。』

「…」

『一瞬貴方かと思ったけど、別人だった。』



声をかけようか迷ったけど、
あれは貴方ではなかった。



「…眼鏡を掛けてただけだろ」

『ううん、全然違う。』




貴方ではない笑顔と、貴方ではない眼。

藍色の中灯る月明かりの様な貴方と、
どちらかと言えば太陽の様な暖かさを有する昼間の彼。

孕んだ空気が別物で。








「…お前、名前は?」



弓に向けていた視線を向けられて、心臓が早鐘を打つ。

一瞬だけ驚愕の色を写したソレと張り詰めていた様な空気が、
途端に柔らかな物に変わり、スッと長い指が頬撫でた。




『え?あ、▲▲ ●●…』



ヴィオラを撫でていた指がアタシに触れる。



「俺は、砂月。…四ノ宮 砂月。」



ふわりと揺れた金色の髪は、間違いなく夜空に君臨する灯りだったようだ。

柔らかな光りの、お月さまの様な笑顔。

それでいて何処か憂いを帯びたソレに何故か泣きそうになった。




『さつき?』

「また、此処で。」



慣れた手つきで弓をケースに片づけながら小さく呟いた彼は、くしゃりと軽くアタシの前髪を一瞬だけ握って公園の出口へと歩き出した。

少しだけ震えていた手。

憂いの声。







気が付けば足は駆けていて。

頭一つ以上大きな彼の背中に、抱き付いた。




『砂月、明日も待ってるから。』



何処かへ消えてしまいそうな砂月の背中に顔を埋め、
ギュッと彼が今此処にいる事を確認する様に腕に力を入れた。




「あぁ、」





そう言って振り向いた砂月の眼は優しくて、月の光がとてもよく似合う。


眩しくて優しい砂月の笑顔に魅かれた自分がいた。





(限られた時間の中、また此処で逢いましょう)

End

20111010




砂月夢は儚いモノだと思う。
が、上手く生めませんでした。

最近中の人にも興味がわいてきて、そしたら四ノ宮が一番カッコよく見えてきました。
ダム決壊してますが。


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