▼彼の手











「じゃあ聖川君、弾いてみてー」

「はい。」



担任の月宮先生が教室に入るなり、
いきなり楽譜を出してきたと思えば、
生徒を指名してきてピアノを弾かせる事は少なくない。





抜き打ちのようなソレを涼しい顔で演奏するのは同じAクラスの聖川 真斗。

本日白羽の矢が当たったのは、聖川財閥嫡男の彼だった。





聖川君は綺麗な指で撫でるように、それでいて力強くモノトーンの鍵盤を奏でる。

まるで慈しむように。




ピアノの鍵盤を優しく愛おしく。
羨ましい位。






入学してすぐ、彼がピアノを弾いているところを目にした。


そしてその指に彼に、一目惚れしたのだ。


触れたいと。

触れられたいと。




そんなアタシの馬鹿げた想いは半年経った今も
時として頭の中を駆け巡る。












「▲▲」




人気の少ない図書室。

イヤホンをつけていた為、自分だけの音の中、
五線譜にペンを走らせていると、
コン、と机の上をバウンドする手が見えた。




『聖川君、』




耳にあるソレを外しながら、目の前に立つ人物に目を向ける。

少し怪訝な表情を浮かべた聖川真斗が此方を覗き込みながら、前の席に腰をかけた。




「授業をサボって作曲か?」

『全然…課題が出来て無くて、』



まだ数小節しか埋まらない五線譜に自嘲しながら、
跳ねる心臓に落ち着けと繰り返す。





あまり社交的ではない彼は決まった人間としか交流を持たない。


そんな聖川君との関係は一クラスメイトだったけど、
アタシは席替えと言う有り難い出来事で、隣の席のクラスメイトにまで昇格した。


お陰で聖川君と会話出来る位にまでになったのだが、
今まで遠くにいた聖川君がこんなにも近くに。





「担任からお前の分のプリントを預かった」

『あ、ありがとう』




プリントを持った手が
差し出された。




『痛っ!』




受け取る瞬間、指が触れてしまい、
焦って手を引いたせいでプリントの端で皮膚が切れた。

つ、と赤が一本、人差し指に走る。




「すまない!」

『や、大丈夫だよ』





赤に吸いよられるように見詰める聖川君の目。
そしてその綺麗な指。




『…聖川、君?』




彼の細く長い指がスッと伸ばされ、

触れたいと、触れられたいと思っていたアタシの想いはいとも簡単に成就された。

そう、呆気なく。





「…小さな手だな」

『え?ちょ、!!!』




絡まる指に声が上擦る。



外気に冷やされた骨ばった指が右手を大事そうに、包むように触れるから。

一気に頬が、指が、全身が火照り、
さっきから煩く鳴り続ける心臓が限界と言うようにドクンドクンと喚いた。





一瞬、聖川君の手が離れたと思えば、指に感じるホンの小さな圧迫感。

巻き付けられたテープに少し滲んだ赤と共に目に入った聖川君の手のせいで、
指先にまで心臓が有るんじゃないかって位、全身にドキドキが駆け巡った。






「……舐められると思ったか?」

『っ、はぁ!?何言って…、』




馬鹿なことを、そう言おうとしたその瞬間、
ペロッと出された赤に心臓がまた騒ぐ。





「顔が真っ赤だ」

『っ!!!』



じっと、切れ長の目に見詰められる。

もう力が抜けきったせいで自分の思い通りになんて動きそうにもない手を一瞥し、
再度絡めた指をぐいっと彼の目線まで持ち上げ、
アタシの手の甲にそっと唇を落とした。



柔らかな感触が。
自分じゃない温度が。

全身が粟立つ。





「手、触れたかったんじゃないのか?」

『な、んで、ソレ…、』





聖川君の薄い唇が弧を描き、青い目が少し細められた。

悪戯に笑う彼にまた心拍数が上がったのは言うまでもなく。


ドキドキし過ぎて泣いてしまいそうだ、なんて思ったアタシの動揺は彼には届かない。



触れたくて
触れられたかった手で、
今度はアタシの頬をそっと包みこんだ。




「▲▲、ずっと俺の手を見ていたじゃないか」




至近距離でにっこりと微笑んだ聖川君に
息が止まりそう。







聖川君に完全に、堕ちた音がした。







(ずっと狙っていたタイミング)

end

20111008


ドS聖川が良いです。

指フェチなので綺麗な指の男性に惹かれます。



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