▼アルペジオ









最近は暇があればピアノを弾いている気がする。

得意ではあるが、好きかと聞かれると難しい。

そういう関係だったピアノ。









此処、早乙女学園に来てからは好きになったと思う。



鍵盤を撫でるように弾けば、打弦楽器なのに繊細な音を奏で、歌の次に自分を表現するソレ。


毎日弾く事で更に早く精密に奏でられることが、今では何より嬉しいかもしれない。










『聖川君、もう少しスピード上げてもいける?』




その理由が目の前で余裕綽々と音を奏でている▲▲ ●●のせいでも有ることは確実だろう。




「あぁ、構わん。」





向い合わせで二台のピアノが設けられているこのレッスン室で彼女と弾き始めたのは確か二ヶ月前。

ペアを組んで作曲する課題で話すようになり、
▲▲もピアノが得意だと言うことで、二台ピアノの曲にした。






二台ピアノの曲は少しでもずれると粗が目立ち、雑多な曲に聞こえる為、
モーツァルトのピアノ協奏曲第10番で息が合うまで練習を繰り返した。



今まで数回弾いた事はあったが…ついていくことが出来なかった。

いや、スピード的には問題はない。

ただ、彼女が桁違いに上手いのだ。





▲▲は主だったコンクールに出場してはいなかったものの、
クラシックはお手の物という位優雅に鍵盤を鳴らす。

息をするのも忘れる程、踊るように跳ねるように動く指の一本一本。

今まで見た何よりも、俺を魅了した。









音が揃うことを優先し、原曲よりもスピードを落としながら練習を繰り返した結果、
息もぴったり合うようになり、
無事二台ピアノの曲も完成して高評価を得た。



それからは二人の共通の趣味とでも言おうか。

授業が終われば此処に来て共にピアノを練習する。

少しづつスピードを上げ、完成すれば次、と図書室に置かれた楽譜を漁った。

そんな日々。









『次はプーランクやりたい!』

「ピアノ協奏曲ニ短調か、」



▲▲の手には図書室からコピーを取ってきた譜面。

この曲はオーケストラで一度聞いた事がある。


跳ねるように弾く彼女には向いているのかもしれない。




『いくよ、』




トッカータが走り、不協和音が混ざり合う。

軽く目を伏せながら軽快に指を滑らせて全身で音楽を楽しんでいる。

そんな▲▲が眩しく見えた。













.












放課後向かうのはいつも決まって28th レッスンルーム。

約束を交わした訳ではないが、授業が終わればレッスンルームへ足を運ぶようになっていた。




扉を開ければ、▲▲の音が聞こえ出す。

いつもより少し神経質な音。





「“モーツァルトのピアノソナタ”?」




いつもの定席。
彼女の向かい。


お疲れ様、なんて声をかけてきた▲▲に返事をしながら、
軽く椅子に腰かけて腕をまくる。


確かスタートはこんな感じだっただろうか。


白と黒の鍵盤を、昔の記憶の楽譜を奏でた。





「“初心者の為の小さなソナタ”。
昔よく弾いた曲だ。」

『嫌と言う程弾いた。』

「左手の16分音符が嫌いだったな」

『うん、』




この部分ね、苦笑いを浮かべた▲▲の左手が鍵盤を撫でた。









「…何故そんな音を出す?短調の曲でさえ楽しそうに跳ねるのに。」






彼女の音に感じた違和感。

神経質な音。




それは俺と協奏曲を弾いている時には微塵も感じさせない。

純粋に追い駆けっこをする様な、
はしゃぎ回るような。


そんな音なのに。





『…解る?』

「あぁ」

『…そっか』




傾いた陽が射し込んで、オレンジ色になったレッスンルーム。

聞こえないくらい小さなため息が耳に付いた。











『アタシね、父が…教えるピアノが大嫌いだった。
運指法が違う、力が籠ってないって。』




ぽつりぽつりと、吐き出す声は嘲笑を含んでいて。




彼女の父親への思いが自分と重なる。

厳格な父。
食事が喉も通らなくなる程恐怖の対象でしかなかった。





『よく怒られたのがこの曲。』





神経質な音にもなるわけだ。




『いつも自分との戦い、そんな感じ。
…アタシは楽しく弾けたら良かったのに。』

「だから譜面通り、が一番苦手か。」

『…よくわかったね。』





自由に。

曲を独自で解釈し、自分なりのアレンジを加えて弾く。


何物にも囚われず、思うがままにモノトーンの鍵盤の上を跳ねる。

ソロは聞いた事が無かったが、彼女はそんなピアノを弾くと思っていたし、強ち間違ってはいなかったようだ。




『…ピアノなんてって思ってた。』




再度吐かれた▲▲のため息。











『…でもね、聖川君のお陰でピアノが好きになったの』

「…▲▲?」





向かい側の▲▲と目が合う。


今で弾いてたピアノから離れ、此方側にゆっくり歩いて来た。

防音の部屋に響く彼女の靴音。





『聖川君が、好き。』





▲▲の澄んだ声が聞こえた。






立ち上がり彼女の前へ身体を向ければ、
カタンと椅子の足が鳴る。



先程まで合っていた目は少し少し下を向き、長い睫毛の影を作っていた。



身体の横で固く握りしめられている手に自分のソレを重ねれば、少し抜けた肩の力。

ゆっくりとピアニストの指に指を絡める。





「校則を解って言っているのか?」





至近距離。
▲▲が眉をひそめ、唇を噛んだ。


ドクンと自分よりも小さな肩が跳ねる。






勝手に唇が弧を描いた。




「悪い冗談だな。」

『え?』



弾くように無意識に上がる目に写る自分。



距離にして数センチ。






「俺も、好きだ。」





そう囁いて唇を落とせば、小さく▲▲が笑った。








(まるでアルペジオの様な恋。)





end

20111008





退学ライン、ガンガンいこうと思ったら支離滅裂。

昔の記憶で書いたので、間違ってたらすみません。
十年位前にやめたピアノ。
また時間があれば始めたいな。




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