▼触れたくて










「翔ちゃん翔ちゃん!」

「うぜぇ!那月!」




同じ部屋の四ノ宮那月は“可愛いモノ”が大好きだ。

彼よりも…大分背の低い俺はその“可愛いモノ”のうちの一つらしい。

“可愛いモノ”に目がない那月は、所構わず抱きついてきたり、可愛いと連呼したり、大好きだと言ってきたり。

昔っから変わらない那月のその性格は嫌と言う程見て来たし、
その対象に自分が含まれている事は…容易に理解が出来た。



身長差25センチ。

でけぇ身長の彼が羨ましく思わない日は無かった。





「怒ってる翔ちゃんも可愛いですね!」

「だから触るなって!!!!」





那月のコミュニケーション過多な部分はもう理解している筈なのに。

最近ソレがひどくイラつく。




「あ!●●ちゃん!」




那月と同じクラスの▲▲●●。

彼女も那月の“可愛いモノ”の一つ。



純粋で少し天然の那月は“好き”と思うモノに容易に触れる。


身長よりもソレが今一番羨ましく、鬱陶しい。






今まで飯を食いながら、
ひよこのぬいぐるみを弄ったり、
オレの髪を梳いたりしていたくせに。


●●の名を呼んで、其方へ駆けて行った。




『なっちゃん!翔ちゃんとお昼?』

「はい!」




秋風が●●の髪を撫でる。


午後の柔らかな日差しの中で風に舞う髪を軽く耳にかけ、
背の高い那月を見上げる漆黒の瞳。

長い睫毛にピンク色の頬。






彼女とはクラスが違う為、直接的な交流はあまり無い。

那月と行動を共にすることが多いので、数回話はした事がある。

“翔ちゃん”と呼んでいるのは那月がそう紹介したから。




『なっちゃん、くすぐったいよ!』




腰まで伸びた●●の髪を一束掬い上げ、
口付ける様に梳く。

何の躊躇も無しに。




「●●ちゃんの髪、黒くて綺麗です。」




簡単に吐き出される賛辞。



ふわりと彼女が笑った。





「…、那月!先に行ってっから!」

「え、翔ちゃん!?」




見てられない。


那月の様に触れられないし、
那月の様に声もかけられない。

那月の様に背も高いわけでもないし。

那月の様に…。




ちっせぇな、ホント。




那月にイラついても仕方ないんだ。





午後の授業なんて受ける気にもなれなくて。

学園の端っこ。

あまり人気のないスペースに申し訳なさそうに置かれた木のベンチに腰掛けて、
大きなため息をついた。








.








『…翔ちゃん?』




ポンと肩に置かれた手と、降ってきたソプラノ。



「え?…っ、●●!!!」




大分陽は傾き始めていて、オレンジ色の夕焼けが辺りを照らしていた。

どうやら眠ってしまっていたようだ。




『こんなところで寝ていると風邪引くよ?』




ふわりとワインレッドのストールをオレの肩にかけ、
ベンチの空いているスペースに腰をかける●●。


木々の影がベンチを覆い隠し、気温が下がったせいで肌寒く感じていた身体にはちょうど良い温もり。


●●から香る、華の様な甘い香りに覆われた様だった。






『翔ちゃんも食べる?聖川君に貰ったの。』

「さんきゅ…」



袋から取り出し、半分にちぎって差し出されたモノはメロンパン。
はんぶんこだよ、と笑う●●。





華が咲く様に笑うから。


メロンパンを受け取った時、指先が触れたから。



頬が染まってしまったのは夕焼けが隠してくれるだろうか、
なんて少し焦りながら目の前のメロンパンにがっつく事で彼女から視線を逸らした。




『やっぱりお腹空いてたんだ!お昼ご飯、半分も食べてなかったでしょ?』

「あ、」



那月に苛立って退席した食堂。

昼ご飯を食べ始めた所だったけど、
その場に居ることが耐えられなくて。


空腹感は感じていなかったが、正直な身体と胃袋はあっという間にメロンパンを平らげていて。







『翔ちゃん、パン屑付いてる』

「!!!!!」



すっと伸ばされた、細い指。

口元に付いていたソレを指の腹で撫でる様に掃う。





冷えた●●の指先。


未だ引いていなかった赤く染まった頬には冷たくて気持ちいいが、
さらに体温が上昇するのが解った。





沸騰しそうだ。



くらくらする。



●●の香りに覆われて、●●の指が頬に触れていて。




思わずその指に、手に、自分のソレを絡めた。






『…翔ちゃん?』

「…っ、」



左手が●●の手を握ったせいで、
余計真っ赤に染まる頬が情けなくて。



顔を上げる事が出来ずに、履き慣れた靴先を睨んだ。


それでも、離したくない。


接着剤でくっついてしまった様に●●の右手を握り締めた左手は彼女の手に吸いついていた。





『翔ちゃん』




●●の左手が、オレの髪を軽く梳く。



そのままそっと頬に触れられて、
そっと上を向く様に動いて、
そっと目が合って。



きゅっと握り返された手。

ふわりと笑う●●。


夕陽の赤が彼女を照らしていてとても綺麗。





『●●、髪に触れても…良い?』

『良いよ』




●●の左手がオレの右手を誘導する様に、
彼女の髪に触れさせる。






ずっと、想ってた。

那月みたいに●●の髪に触れられたらって。




「●●、」




絡んだままの片手が、
右手に触れた漆黒の髪が、
少し細められて優しく見つめてくる●●の眼が、




『翔ちゃん』




華が咲く様に名前を呼ぶ声が。





『「すき」』



(ずっと好きでした)


20111002

end





翔ちゃんとヒロイン、退学決定…

翔ちゃんが可愛くて可愛くて可愛くて。

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