▼幾重にも重ねた想い










昨日の子は誰ですか。
今日の子とは何処へ行くのですか。
明日の子は可愛いですか。




いつからでしょうか。

貴方が誰と過ごして居たか、過ごして居るのか、過ごすのか。

気にしないように押さえ込む自分と上手く共存出来るようになったのは。











「馬鹿だな。」






溜め息と共に無表情に近いソレで言い放つ目の前の人物は、幼馴染みの一人。


寮の自分のスペースを和室に改造する程、
金持ちな上に古風な思考を持ち、少々庶民離れした感覚の持ち主。


制服から部屋着?普段着?の着物に着替えた聖川真斗が、
自分のスペースの畳の上に正座し、
ソコに設置した木製のデスクに広げた半紙に“書”を書いた。





「これをお前にやるから帰れ。」

『マジで要らないし。』



“馬鹿”と書かれた達筆のソレをはね除けて、鞄から今日の場所代を真斗に献上。

目の前に突き出した。




『濱田家、サンライズ。
もっちりとしたパン生地に乗せられた、しっとりしたビス部分。メロンパン好きにはシンプル部門最高峰と歌われている逸品!』

「よし、珈琲でも入れてやろう。」



何て言う現金さ。

メロンパンを前にした途端、ふかふかの座布団を渡され、珈琲を入れに行った真斗に小さく溜め息をついた。













初めのうちは嫁入り前が男の部屋に入るなど!なんてギャァギャァ騒いでいたのだが、
しつこく通うアタシの根性と、
献上品(大部分がコレのお陰)で今や甘んじて流してくれている。




この真斗ともう一人の幼馴染み、神宮寺レンの部屋へ訪れる理由はくだらない意地と
よくわからないモヤモヤのせい。


真斗と仲良くすればレンの機嫌が悪くなる。
アタシの精一杯の、勝手な仕返しと言う名の嫌がらせ。

まぁ、真斗が大切な幼馴染みなのと、唯一無二の相談相手と言うこともあるのだが。






「大馬鹿だな、浅はか過ぎる。」

『今日も冷たいね、真斗』



真斗はアタシを傷付ける事は絶対しない。

ただし、神宮寺レンが絡むと一変して、鋭利な刃物で刺すように、
土足で踏みにじるように冷たくなる。







昔はパーティー会場を三人で走り回るくらい仲が良かったのに。

中学三年間をイギリスで暮らし、帰国してみれば、
いつの間のかアタシの幼馴染み達は仲が悪くなってしまっていた。




『昔はレンも真斗ももっと近くにいたのに…』



三年。

日本を離れた間に何処か遠い存在になってしまった気がする。




「●●…、」













バンと、真斗の言葉を遮るように大きな音をたてて開かれた入り口から、
ずかずかと入ってきたのはもう一人の幼馴染み。



いつも女の子を連れている、神宮寺レン。










「また来ていたのか」

『おかえり、レン』

「毎日よく飽きないな、●●。
聖川の所に通うなんて。」




レンは絶対アタシを“レディ”とは呼ばない。



「…遅かったな、神宮寺」

「子羊ちゃんが離してくれなくてさ。」



“子羊”や“子猫”とも。







所詮幼馴染み。

“レディ”と呼ぶ対象にはならないのだ。














『じゃあ、アタシ帰るよ。』

「…良いのか?」

『…何が?』



レンが付けていたネクタイを机に置きながら溜め息をつくのが見えた。



目は一度も合っていない。

どうやらアタシは相当レンに嫌われてしまったようだ。




真斗が気を使ってくれているのはわかる。

ソレでももうずっと前から同居している弱さが、レンに声をかける事も上手く出来なくさせていた。





『じゃあね、二人ともおやすみなさい。』

「あぁ」

「…」




空は赤から深い藍色に変化し、幾つかの小さな星の中、静かに照らす月が見えている。

少し散歩しながら帰ろうと、外へ続く扉から出た。



馬鹿みたいに最後まで合わない目を、向けられているレンの背中に送りながら。











.










「神宮寺」

「…オレにどうしろと、」



言いたい事は嫌でもわかる。



ソレでももうどうしたら良いのか解らないんだ。




校則なんて、退学なんて怖くない。

ただ、●●まで罰を受けさせる様な事にはしたくない。





「じゃあ、俺が貰おう」

「はぁ!?何でそういう事になるんだよ!」




半紙の上を走らせていた筆を置き、しれっと●●が出ていった扉へ向かう後ろ姿。

待てよ、と扉の近くに置いた椅子から羽織に向けた手を掴む。




「あれでも可愛い幼馴染みだ。
幸せにする自信はあるからな。」

「聖川!」





可愛い幼馴染みなのはオレも同じ。


可愛いから。

小さい頃のまま接する事が出来なくなった。




特別にしか見えなくなった。




だから距離を置いたんだ。

この学校の校則を破る前に。




「不服ならお前が行けば良い。」




ずっとずっと秘めていた想い。

逢わない三年間で大きく膨れ上がってしまった想い。



伝える事の出来ないくせに溢れ出る想いは、
名前も顔も覚えていないレディ達にあげてしまおう。




そう決めた。





「守りたいと言ったのはお前だろう!」




そう諦めてしまったんだ。




「っ…!」




弾かれたように動き出した足は、先程立ち去った小さな背中を追う。

草木の間を縫って●●が向かったであろう彷徨へ急いだ。















昔から●●は歩くのは遅いんだ。

昔から●●は月を眺めるのが好きなんだ。



昔から●●が、大好きなんだ。






「●●!!!」

『え?…レン??』




月を見上げながら藍色の世界に溶け込んでいた背中に追い付いて、
細い肩を思いきり抱き締めた。



声が、肩が、震えている。

グスと鼻が鳴ったのが聞こえた。




もう止まらない。






「卒業…したらさ、」







耳元に零れた想い。







勢いよく振り向いた●●の顔は
今までに見た事がない位、嬉しそうで。


とても綺麗だった。









(ずっと特別)
(くれてやるつもりは微塵も無かった)




end


20110929






レンがノッカーウ。
既に宣戦布告していた神宮寺。


そしていい人聖川。

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