玲二はすっかり眠ってしまったらしい。すうすうと規則正しい息遣いが聞こえる。俺は玲二の髪をゆっくりと梳いた。
 ここに来る前にメールを入れたんだけど、多分気付いてないんだろうな。
 玲二からいろいろな話を聞いて、ほんの少しだけ、彼がここ数日ふさぎ込んでいた理由がわかる気がする。
 多分、玲二は頑張りすぎたんだ。その分の疲労が、俺をきっかけにして回って来たんだろう。
 引きこもったのは、人から逃げたかったから。バリケードをなくしたのは、(彼は母さんがうっとうしくなくなったからだと言っていたけど)だれかに優しくしてもらいたかったから、なんだろう。
 ……不器用なやつだなぁ。
 器用に胡座をかいたまま眠る玲二はどこか幼く、儚く見えた。窮屈だろうから、せめてベッドに寝かせてやろうと思い、俺はずっと握っていた玲二の手を離して、それから起こさないように彼の胡座を解いた。
 膝裏に腕を通して、もう片腕で肩を支えて横抱きにする。生きている人間だし、それなりに重いが、案外簡単に持ち上がった。この体型なら男の中でも軽いほうなんだろう。
 ……玲二、男としてのプライドかなにかを壊してしまったらすまない。
 心中でそう謝りながら、彼をベッドの上に慎重に下ろした。目覚める気配はない。結構深く眠っているみたいだ。
 長い間切っていないのだろう前髪をかきあげてやる。あどけない寝顔だ。庇護欲を掻き立てられる。弟がいたら、こんな感じなのだろうか。
 そういえば、玲二の顔をしっかりと見たことがなかった。同じ空間で一緒に喋るのはまだ三度目だし、よく考えれば目を合わせたことも一度きりだから、しょうがないといえばしょうがないのだが。
 目元に隈が出来ていたり、肉付きが悪かったりはするものの、顔のパーツ自体はそれなりみたいだ。かわいらしくすらある。いや、こいつは列記とした男だけど。
 足元でくしゃくしゃになっていたタオルケットをそっと彼の身体にかけた。冷房も効いているし、暑いことはないだろう。
「……またな」
 髪をもう一度軽く撫でてから、鞄を持って部屋を出た。


 昨日、玲二の母親である、裕香さんからメールが来た。初めてこの部屋に通して貰った日にアドレスを交換したことを覚えていたから、ディスプレイに映ったその名前に驚きはなかった。しかし、その内容は実に俺の胸を痛めるものだった。

「玲二の部屋から物音がしない。ご飯は食べてるみたいだし、生きてる気配もちゃんとあるけど、それ以外なにもないの」
「この前一輝くんがうちに来た日からなんだけど、心当たりあるかしら」

 ……心当たり。
 最初に訪問した時とあまり変わった様子はなかった、と思った。でもどこかがひっかかって、気になって、返信には明日、つまり今日、家にお邪魔する旨を綴った。まだ夏休みだから、時間はたっぷりあったし、そろそろまたお邪魔しようと思っていたところだったからだ。
 そもそも、二週間ほど前に玲二の家を訪れたのは担任の先生に頼まれたことが理由だった。
 玲二は、二年に進級してから一度も学校に来ていなかった。俗に言う不登校というやつだ。俺と玲二は出身中学も一年生の時のクラスも違ったから、彼のことはほとんど知らなかった。
 二年が始まってすぐに、一年の時、彼と同じクラスだった奴に、彼についてそれとなく聞いたことがあった。曰く、去年は不登校どころか欠席すらしたことがない優等生だったらしい。
 いじめられている様子はなかった。でも、いつも一人だった。
 興味もなさそうにそいつが話していたことを、どうしてだかよく覚えている。
 担任も、四月当初は気にかけていて、よく家庭を訪問したようだった。しかし、彼は決して扉を開かなかったらしい。まだ玲二がバリケードを張っていた頃の話だろう。
 だんだんと玲二の話をしなくなった担任だったが、夏休み前になって急に俺に言った。
「相田ァ、悪いけど高見沢に会って話聞いてやってくれないか?」
「……はぁ」
 正直、今の担任は苦手だ。何を考えてるのか読めない。突拍子のないことを言う。そして頑固だ。一度そうと決めたら、何を言っても聞かないのはわかっていた。だから俺は、無駄な文句は口に出さずに、担任からプリントの沢山入ったクリアファイルを受け取った。
 責任感は強いほうだと思う。何かを頼まれるのは、面倒だけど嫌いじゃなかった。
 そのままの勢いで玲二の家に押しかけたのだが、同じクラスの学生だとはいえ、見ず知らずの男を裕香さんが家にあげるはずもなく。だからといって途中で頼まれた仕事を放り出す俺でもなく。
 間隔を空けて何度か通い、とうとう折れた裕香さんは俺を玲二の部屋に通した。どうせ意味はないだろうと、俺も裕香さんもたかをくくっていたが。
 ――ドアの鍵は開いていた。




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