彼と初めて会話を交わした、ちょうど一週間後。前回と同じ曜日の、ほぼ同じ時刻に、彼はふたたびやって来た。尤も、今回はメールでしっかりアポはとっていたが。
 若者のメールというものはどれも「デコメ」やら「絵文字」やらで、とにかくチカチカとカラフルに彩られているものなのだろうと思っていたが、どうやら必ずしもそうではないらしかった。
 彼のメールは簡潔で、白黒だ。デコってもいないし、チカってもいないし、むやみやたらと絵文字や顔文字が使われていることもない。件名なし、本文も用件だけ、使われている記号は句読点のみ。
 最初はおれに対してなにか怒っているのかと思ったが、おそらくこれは素なのだろう。なによりの証拠に、彼は前回となにも変わった様子がなかった。
 そして、変わらなかったのはおれも同じ。いや、むしろ悪化したと言ってもいい。

 その日は目も合わせることが出来なかった。
 会話も、彼がひたすら喋って、おれは下手くそな相槌をうつだけ。コップを満たす麦茶の表面をただ見つめるだけ。いつの間にか時間が経って、すっかり暗くなった道を彼は帰って行った。
 正直、落ち込んでいた。がんばろうと意気込んでもこれだ。
 自分に失望していた。人と会話する。こんな、誰でもやってのけるようなことで失敗して、引きこもって。
 おれだって、好きで部屋に篭っているわけではないのだ。いつまで経っても人並みになれないことが、負担で仕方がないのだ。父さんや兄さんを見る度に思った。どうしておれは、こうなれなかったんだろうと。
 出来ることなら、おれも普通の生活を送りたい。でもその道を閉ざしてしまったのは、他ならないおれ自身だ。矛盾してるよな。
 こんなの、彼にとっても散々だろう。きっともう、彼は来ないだろう。おれだったら、もう来ない。おれと過ごす時間より、他の誰かと過ごす時間のほうが楽しいからだ。
 嫌われてるわけじゃないはずだ。彼は笑っていたし、おれを嗤うこともなかった。ただ、おれから離れて行くだけ。それなら、もう、いいだろう。しょうがないな。おれは、人と関わるのが苦手だから。
 おれは携帯電話の電源を切った。連絡を待ち続けるのが、目に見えていたから。来るはずもない連絡を、いつまでも。
 繰り返すが、こんなふうになりたくてなったわけじゃない。おれだって、父さんや兄さんのようになりたかった。
 胸が詰まる。息苦しい。頬が冷たい。目が熱い。視界もなんだかおかしいようだ。ついに身体まで壊れてしまったのか。それもそれでいいかもしれない。優良商品に囲まれた欠陥品なら、はやく廃棄するべきだろう。

 母さんが夕飯を持って来た。おれはそれに手もつけなかった。ごめんなさい。せっかくおれなんかの分まで用意してくれたのに、ごめんなさい。
 ――おれなんて、消えて、なくなってしまえばいい。




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