おれの一日は夕方にはじまる。
 カーテンの隙間から覗く、赤々と燃える夕日を浴びて目を覚まし、世界の終わりのような静かな夜に紛れてパソコンを開き、インターネットの海に沈む。そして朝日が昇って、街が生き返って騒がしくなる前に眠った。
 健康的とは言えないが、規則正しい生活。知り合いはもちろん、両親とすら顔を合わせることがない生活を、おれは送っている。
 母さんががたがたとドアを揺らしておれの名前を叫んでいた頃は、それをこの上なく不快で悲しく感じていた。机やクローゼットで作ったバリケードを押さえながら、はやくどこかに行って欲しいと思っていた。
 最近になってようやく何も言われなくなったのだが、何もなければないで淋しく感じるものがある。
 そうだ。おれは我が儘な奴だ。どうしようもない奴だ。おれは、きっともう「諦められた」人間なのだろう。おれも、おれを諦めた。
 まだ高校2年生の17歳だ。自分を見放してしまうには些か早い気もするが、仕方がない。きっともともとが欠陥品だったんだ。

 父さんは、それなりに大きな会社の社長だ。ばりばり働いて稼いで、経済的にも精神的にも家族に貢献してる偉大な人だ。
 美人で男前で、家事もできる母さんも、今はまだ大学生だけど、とても賢いし人望も厚い兄さんも、すごい人だと思う。
 対しておれは、昔からお世辞にも優れているとは言えない人間だった。
 勉強が出来なかった訳ではない。運動は苦手だったが、これは特に気にしていなかった。
 おれは、人と関わるのが苦手だったのだ。ろくに目を合わせられない。話し掛けられてもどもるし、噛む。人の目線が息苦しくて、いつも俯いていた。人目を避けていた。そんなおれを見る目の意味がわからない筈がない。
 小学校を卒業して、中学校も卒業して、高校生になって、それでもおれは駄目だった。
 教室中がおれを嘲笑ってる気がした。人の目線が怖かった。おれを見ないで欲しかった。
 一年経って、春休みが明けた。でも、おれは学校に行かなかった。行けなかった。世間が恐かった。学校が恐かった。自分の家さえ、恐かった。どうしても、自分の部屋から抜け出せなかった。
 おれは、おれを諦めた。

 世間的には夏休みの真っ只中である今日も、おれにとってはなんてことのないただの暑い日だ。
 寝ぼけ眼を擦って、パソコンの電源を入れる。そろそろこのジャージも洗濯に回さないとな、なんて考えながら欠伸をひとつした、そんなとき。
 また、いつもどおりの一日がはじまると思っていたおれの思考とは裏腹に。

 部屋のドアが開いた。

 母さんがドアの前で騒がなくなってからしばらくして、バリケードは取っ払った。おれも一応人間だから、トイレも行くし、風呂にも入る。小さな冷蔵庫は部屋にあるが、中のストックがなくなれば水の調達もしなければならない。要は、おれがおれのためにバリケードを片付けたのだが、この時ばかりはその判断を後悔した。
 部屋に入ってきたのは、母さんでも兄さんでも父さんでもなく、おれの高校の制服を着た、見覚えのない男だったからだ。
 ――こわい。なんで、おれの部屋に、なんで、どうして。
 男はじっとこちらに視線を向けていた。おれは混乱していて、視線をそらすことも、動くことも出来なかった。ただ、男の顔を見つめ返していた。
 男は無言で部屋のすぐ前に立っていたが、しばらくしておれの部屋に足を踏み入れた。そこでようやくおれははっと気がついて、急いで布団に潜り込んだ。
 男のことはただ見ていただけで、まともに記憶しちゃいなかった。タオルケットを被ってすぐに、もっとちゃんと見ておくべきだったかと後悔したが、そんなことはすぐに頭から吹っ飛んだ。
 おれにとっては、口から出て来そうな心臓の相手のほうが大変だった。流石に息苦しかったが、タオルケットは男の視線を妨げてくれた。
 だんだんと気持ちが落ち着いて来た頃になって、控えめな声がそっと鼓膜を震わせた。
「あの、ごめんな。驚かせるつもりはなかったんだ」
 声が遠かったから、多分まだドアの付近にいるんだろうとわかった。おれに無理に近付くつもりはないらしいとなんとか理解した。
 ゆっくりと、男は言葉を続けた。
「そのままでいいから聞いてくれな」
 男はおれの新しい(と言っても、もう一学期は終了してしまったが)クラスメイトであること、名前を相田一輝ということ、純粋におれと仲良くなりたいことを話した。
 どうしておれなんかと仲良くなりたいのかは知らないが、態度はとても真摯だった。
 流石に、こんな姿勢では失礼だろう。
 人と話すときは目を見て。おれにとっては難しいことだが、これは世間の一般常識だ。
 布団から顔を出して、彼の顔を見る。
 制服を着崩したり、髪をヘアピンでとめてみたりとイマドキな外見ではあるが、なかなか整った顔をしている。夕日のせいか、ほんのりと赤く染まって見えるその眼は、とてもやさしかった。これなら、耐えられそうだ。
 なんとか布団から這い出して、すでに立ち上がっていたパソコンをシャットダウンする。付けたり消したりしてすまんな。
 ついでにカーテンを開いた。眩しさに目を細めつつ、窓も全開にする。ざぁっと風が部屋をくぐった。これで少しは息もしやすいだろう。
 ふぅ、と一息ついてから、まだ部屋の入り口ておろおろと視線をさまよわせていた彼に声を投げた。
「……部屋、入れば」




back
(1/20)



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -