九月になって、名残惜しくも夏休みは終わり、二週間ほど前から二学期が始まっていた。部活に入っていないこともあり、暇がたくさんあったので、課題は難無く終わっていた。だから、特に焦ることも徹夜をすることもなかったが、やはり夏の終わりは淋しいものがある。休み明けのテストも、まぁ、可もなく不可もなく終了。クラスメイトとも久々に話をして、それなりに楽しく毎日を送っていた。
 玲二は相変わらず学校に来ていない。窓際最後尾の特等席は、いつも空白だ。気にしていないと言えば嘘になるが、玲二には玲二のペースがある。俺がとやかく口を突っ込んで、なんだかんだで心地いい今の関係を崩したくなかった。
 担任には、休みが明けてすぐに、玲二と会うことが出来たと一応報告した。大きく目を見開いて、珍しく難しそうな顔をしていた。何か思うところがあるのだろうか。
 玲二には、学校が始まってからまだ顔を見せていない。今日は久々に彼と会う。
 俺に慣れてきたのか、少しずつではあるけれど、彼は俺とコミュニケーションがとれるようになってきていた。目を合わす、相槌をうつ、返事をする。そんな当たり前のやり取りが、とても嬉しかった。俺と会話をしようとする彼の態度が、男なのにかわいくて仕方がなかった。


 すっかり目に馴染んだインターホンを鳴らす。彼の父親が偉い人らしく、家はなかなか大きい。ガーデニングが趣味らしい裕香さんのおかげか、この家はいつも華やかに彩られている。名前も知らない花たちに囲まれた見ず知らずの同級生の家に、初めて訪れた時はびくびくしていたような気がする。もちろん、今はもうそんなことはない。
 すぐに玄関が開いて、裕香さんが顔を見せた。いらっしゃい、と微笑む裕香さんは、どこかやつれて見えた。何かあったのだろうか、なんて考えながら階段をあがる。
 玲二の部屋のドアをノックして、いつもどおり返事を待たず入室した。裕香さんがやつれた理由が玲二なら、それとなく聞いてみようかと思ったりもしたが、それは甘い考えだったと、すぐに気がつくことになる。
「お邪魔しま……ん?」
 気がついた異変。部屋がいつもと違う。なにもない。
 置いてあった棚や机やベッド、散らばっていた雑貨はもちろん、いつも使っていたパソコンまでもが消えて、代わりにあるのは――段ボールの山。
 カーテンが開け放たれた窓からは、いつもよりも多くの太陽光が差し込んでいる。なにもかもがいつもと違う部屋の中央に、いつものように胡座をかいている玲二は、いつもよりも穏やかな顔をしていた。目が合う。何かを諦めたような、瞳。
「いらっしゃい、一輝」
「玲二、なんだよ、どうしたんだ」
「なにが? 別に、何もないよ」
 玲二はふわりと笑って、立ち上がった。一歩、俺に近付く。しっかりした足取りが、どうしてだか恐ろしい。
 違う、こんなの、玲二じゃない。俺は、こんな生気が抜けた玲二に会いたかったわけじゃない。
「玲二……」
「一輝。今までありがとう」
「おい、」
「今日で、お別れだ」




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