玲二さんは本当に不器用な人だ、と思う。手先がどうとかではなく、人間として。


 初対面から二週間ぐらい経った。メールでしっかりとアポをとったわたしは、玲二さんのもとへと遊びに来ていた。
 前回とは違って、今日は相田さんはいない。わたしと玲二さんのふたりきりだ。
 こうして文章にすると、幾分いかがわしい雰囲気がするけれど、実際は色気なんてかけらもない。ただ単に、一友人としての家庭訪問だ。お互いに、少なくともわたしは、相手をどうこうしようなんて不埒な考えは持っていない。幼い頃から空手を習っているから、万が一、億が一、玲二さんがそういう意味でわたしに迫って来たとしても、軽く捻り潰せるだけの力も持っている。こう言っては悪いけど、あんなもやしに負けるほどか弱くない。
 だから、あまり心配もせずにここにやって来たのだけれど。
「あの、玲二さん、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
「……わかっては、いる」
 冷房がガンガンにきいた部屋で、ふたり向かい合って正座をして、はや十数分。
 じっと麦茶の表面を見つめている玲二さんは、絶対になにもわかってない。表情も動作もかたすぎるでしょうよ。
 うーん、前は結構すんなりお話してくれたんだけどなぁ。会話がないのは流石に気まずい。
 どうしたものかと思案しつつ、麦茶に手を伸ばすと、びくんと揺れる肩。かわいらしいけど、本当にどうしたらいいんだ。
「そういえば、相田さんとは最近どうなんですか?」
 苦し紛れにそう尋ねてみると、ふわりと彼の表情が緩んだ。あれ。
「あぁ、一輝のこと?」
 力んでいた肩も下がって、だんだんと表情が穏やかになっていく。
「……最近は、勉強とか教えてもらってて。わかりやすいから、助かってる」
 そう話す彼の雰囲気は前よりもずっと優しい。ゆったりとしていて、こっちまで安心するみたいで心地いい。なんだこれ。
「玲二さん」
「あ、なに?」
「玲二さんは、一輝さんのことが好きなんですか?」
 思わず本心を口に出してしまった。いや、これは不可抗力だと信じたい。
「…………それはどう、かな」
 玲二さんはたっぷり間を置いてからそう困ったように笑った。
 ――好き、なんだろうな。きっと、多分、確実に。じゃなきゃ、こんなに苦しそうな顔をする筈がない。胸がぎゅっとなった。
「……玲二さん」
「うん」
「相田さんの話、聞かせてください」
「え」
「わたし、相田さんの話してる玲二さんが好きです」
「……萌え的な意味で?」
「そうじゃなくて、いや、それもありますけど」
「あるの?」
「もちろんです。あ、そうじゃなくて。人間として、というか」
「人間、として」
 玲二さんがゆっくりと言葉を繰り返した。わたしは頷いた。
 わたしは男同士の恋愛に興奮する、という一種の特異性癖を持っている。
 でも、そういうのを全部取っ払ったって、わたしは玲二さんの恋を応援するだろう。
「だから、もっとたくさん話して欲しいです。相田さんのこと。聞きますから。どんな話でも、ちゃんと」
「……うん」
 ありがとう、と呟いた玲二さんはわたしの見込みどおりかわいくて、思わず抱きしめたくなってしまった。


 玲二さんは本当に不器用な人だ、と思う。そんな彼の恋が、少しでも明るいものになりますように。




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