「明日、また家にお邪魔してもいい?」

 携帯に届いたメールは、いつも通りの内容だった。どきどきしながら了承の返事をする。
 前回は、みっともないところを見せてしまった。泣いて、意味がわからないだろう言葉を吐いて、挙げ句眠ってしまって。
 少しでもかっこよくありたいと思いはすれど、やっぱり難しい。逆にかっこわるいところばかりを晒している気がする。
 彼と会うのは、一週間ぶり。前回の醜態もあって、正直すごく緊張していた。
 夏休みももう半ばだ。思い返してみると、彼と初めて会ったのが夏休みが始まってすぐのことだった。回数としては、まだ三回。
 面倒くさいだろうおれの相手をしてくれることが嬉しくて、お礼を言おうと毎回思うけれど、結局言えず終いで別れてしまう。
 ……明日こそは。
 おれは携帯を閉じて、少し深呼吸をした。



『玲二ごめん余計なのに捕まりそう逃げるからちょっと遅れる』

 翌日、おれの携帯が受信したのは句読点も改行もない簡素なメール。一時間ほどしてもう一通。

『ごめん、今日はおれの友達も連れて行っていいか? 悪い奴じゃないのは保証する』

 メールを読んでしばし、おれは悩んだ。
 おれは人と話すのが苦手だ。でも、人そのものは嫌いじゃないらしいことが最近わかってきた。出来ることなら、彼のような友達がもっと欲しい。けど、がっかりしたような、失望したような目を向けられたくないことも事実だった。
 メールの受信時刻は十四時三十七分。一日の中で一番暑い時間帯だった。恐らく、このメールの友達というのは前のメールで言うところの「余計なの」のことだろう。
 この暑い中、1時間逃走した挙げ句捕まったのか。そう思うとなんだか彼がいたたまれなくなった。

『いいよ、大丈夫』

 他人と会うのは不安だ。でも、彼の友人なら、きっと大丈夫だろう。なんの根拠もないが、不思議なことに、そう考えると迷いは消えた。
 彼以外の人間と顔を合わせるのは久々で、やっぱり緊張は大きくなったけれど。

 返信してから10分もかからないうちに、インターホンが鳴った。しばらく待っていると、申し訳程度にドアがノックされ、待つまでもなくすぐに開く。心臓が口から出そうになるのをなんとか堪えた。
 部屋に入ってきたのは、ハンドタオルで汗を拭っている彼と、――見たことのない女の子、だった。
「遅くなってごめん。おー、涼しー」
「おじゃまします」
 よいしょ、といつもどおりおれの隣に彼が腰掛けた後、ミニテーブルを挟んだ向かい側に彼女が座る。
 背は高いみたいだし、髪も短いけれど、どうみても女の子だ。彼の話に出て来る友達は男ばかりだったから、来るのは男だと勝手に思っていた。思いがけない来訪者に身体も思考もフリーズする。
「……玲二、悪いけどお茶くれない?」
「あっ、ごめん」
 だめだ、落ち着け。彼がいるから大丈夫だ。慌てて冷蔵庫からグラスを三つ取り出し、麦茶を注ぐ。
 二人の前にそれを滑らせて、自分も一口啜ったところで、女の子が軽く頭をさげた。
「はじめまして、明石すみれと言います。今日は急に押しかけてごめんなさい」
 にっこりと笑いかけられて、慌てて目をそらす。女の子と話すのはいつぶりだろう。もっとも、今までも業務連絡くらいしかしたことがなかったんだけれど。
 なにか、話さないと。
「か、彼女、ですか?」
「……え?」
「彼女さん、ですか?」
 おれの言葉に、すみれさんは一瞬考えるそぶりを見せて、それから声をあげて笑い始めた。おかしくてたまらない、といった風に。
「あぁ、わたしが、相田さんの彼女かって? くくっ……、ごめんなさい、違います、違います。ふふ、わたしは、ええと……、相田さんはわたしの兄の友達で。恋愛感情はこれっぽっちもないです」
 その返答を聞いて何故かほっとした。
 割と上品な人なんだと思ったけれど、どうやら違うみたいだ。まだ笑いがおさまらないらしい彼女は、どうやら清楚とは別の次元にいるらしい。
 おれと目を合わせては思い出したように吹き出す彼女からは、お茶目な印象を受ける。面白い人だ。
 頬も緊張もゆっくりと解けていった。




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