しばらく抱きしめ合ってから、名残惜しくも身体を離した。触れ合っていた部分が熱を帯びて、軽く湿っている。
 立ちっぱなしで、少し疲れた。玲二の隣に腰を下ろす。すると、ぽすんと玲二が寄りかかってきた。肩に触れる体温に満たされるようで、片手で手を握ってやると、小さく玲二が笑った。
「……ほんとに、夢みたいだ」
「夢じゃないって」
「わかってるよ」
 くつくつと玲二が笑った。ひどく泣いたからだろう、声が少し掠れている。今は見えないが、泣き腫らしているだろう瞼も気になった。
 保冷剤はこの家にあるだろうか。お馴染みの冷蔵庫はキッチンにあったけれど。そういえば、お腹も空いてきた。玲二も空いてるだろう。カップラーメンしか食べていないみたいだし、何かちゃんとした栄養を摂らせてやりたい。
「玲二、お前金持ってる?」
「え?」
「腹、減っただろ。なんか作ってやるから、スーパーに材料買いに行こう。俺今あんまり金ないから、貸してくれると助かる」
「そういうことなら、父さんが毎月送ってくれる生活費があるから、おれがだすよ。……おれのために、作ってくれるんだろ?」
 常時金欠の学生にはありがたい申し出だ。顔に嬉しさを滲ませた玲二の頭を軽く撫でた。
「一緒に買い物行こう。あ、外は苦手か?」
 数ヶ月の引きこもり生活を思い出して一声かける。人の目が苦手なら、今は無理して外に出る必要もない。
「大丈夫。行きたい」
「よっしゃ。じゃ、準備して行くか。玲二、顔洗ってきな」
「うん」
 立ち上がって部屋から出た彼を目で見送ってから、俺もぐっと伸びをした。じゃあじゃあと水を流す音が聞こえる。
 玲二が戻ってくるまでの間に軽くシーツや毛布を整えた。着替えるから出てけという玲二に渋々部屋から出て、ついでにキッチンを片付けた。
 そういえば、俺の家に放ってきたヤマトたちはどうしたんだろう。まだ部屋にいるのだろうか。それは嫌だな。
 そんなことを考えている間にすっかり準備を済ませたらしい玲二と一緒に部屋を出て、近くのスーパーまで連れて行ってもらう。
「なんか、デートみたい」
 道中、ふいにぽつりと玲二が呟いた。手でも繋ぐか、と聞いてみたがあっさりと拒否された。いや、わかってはいたけど。外だし。
「玲二、なに食いたい?」
「え、と……。あ、鍋、とか」
「あー、最近寒いしな。鍋にすっか。でかい鍋とか、家あるか?」
「あった、と思う。料理で使うやつは、母さんがたいてい揃えてくれたはずだし」
「そっか」
 裕香さんにも、あとでちゃんと挨拶に行こう。お礼と報告も兼ねて。
 その後は特に会話もなく、スーパーで食材を買って帰った。夏よりも厚くなった服装がどこかかわいくて(多分相手が玲二だからだ)、触れたくて仕方がなかったけど、外では我慢だ。俺は我慢の男になる。
 日が沈みかけて、赤い光が影を長くしはじめた頃に玲二宅に到着。鍋を作っている間に部屋を片付けてもらって、二人で一緒に食べた。猫舌な俺がゆっくり食べているのを見て、玲二が幸せそうに笑っていた。


 すっかり日が落ちた帰り際。
 また来てね、という玲二をぎゅうっと抱きしめて、触れるだけのキスをした。
 赤くなった玲二の手を握って、メールの約束をすると、今度は玲二が抱き着いてきたから、いよいよ帰り辛くなった。
 こんなにも幸せで、こんなにも泣きたくなるなんて。
「じゃ、またな」
「……うん。また」
 最後に玲二の頭を掻き混ぜてから、家を出た。肌寒くなった外気がほてった頬に気持ちがいい。
 ――帰ったら、なんてメールを送ろうか。
 そんなことを考えながら、俺は自転車のペダルを踏み出した。




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