部活も勉強もそれなりにハードではあるが、やはり気になるのは友人の不調だ。
 最近は落ち着いてきたが、やはりいつもの一輝とは違う。ぼうっとしてることが多くなったし、ため息もよくつくようになった。もともと積極的に人と関わりたがる奴でもなかったが、最近は特に無関心だ。それなりだった成績も心なしか落ちたようだし。まぁ、それでも俺よりはずっと良い成績ではあるのだが。
 決定的に一輝がおかしかったのが、体育祭が終わった翌日のことだ。その日の朝、クラスの机がひとつ減った。もちろん、いじめとかそういう陰湿な類ではない。
 高見沢が学校を辞めたのだ。一度も顔を見せずに去った一クラスメイトに、みんなはあまり関心がなかったようだ。が、担任が告げたその事実に、一輝が悔しそうな、泣き出しそうな顔をしたのを俺は見逃さなかった。
 高見沢のことは、少し気になっていた。夏休みに一度、一輝を偶然見かけた時に話を聞いていたから。あいつが執着するなんて珍しいし、どういう奴なのか興味が湧いた。
 いろいろ考えてみたけど、やはり一輝がおかしいのは、高見沢が関係しているのだろう。
 今までずっと様子を見てきたが、吹っ切れそうにもないし、このままじゃ一輝はつらいままだろう。
 ――やっぱり、このままほっとくのは駄目だろ。友達として。
 そう思った俺は、一輝がおかしくなって一ヶ月経ったか経ってないか、という時分に一輝を捕まえた。ちょうど部活もなく、しっかり話が出来る時間がとれたからだ。
 単刀直入に聞いた。
「なぁ、お前なんかあったの?」
「……なにが?」
 夕暮れの教室で、机を挟んで一輝と向かい合って座った。俺の質問にまばたきを繰り返してるところをみると、どうやら本気で何のことだかわかっていないようだ。
「高見沢と、なんかあったんだろ」
 高見沢、と口にした瞬間に、微妙に顔を歪めた一輝を見て、当ては外れていなかったみたいだと確信した。
 声を振り絞るようにして一輝が言う。
「……なんで玲二がでてくるわけ」
「女の勘」
「お前男だろ」
 こんな時でもキレを失わないツッコミに少し感動しつつ、じっと一輝を待つ。教えてくれるまで引かない、の意思表示のつもりだった。
 一輝はしばらく口をつぐんでいたが、やがて観念したように言葉を吐いた。
「……俺、嫌われたっぽくてさぁ」
「高見沢に?」
「そ。……あいつ、出てけって言いながら泣いてた。いや違うな、俺が泣かせた。……うん、お前の言った通りだったよ」
「は?」
「俺、ずっと玲二のことがそういう意味で好きだったみたいだ。ぶつかって、玉砕して、嫌われてやんの。笑えるだろ。男なんか好きになってさ、気持ち悪いっつかさ」
 そう言って一輝は自嘲するように唇を歪めた。なんだか泣き出しそうに見えて、でも俺は、そんなに弱った一輝なんて見たくなかった。
「俺は、別に気持ち悪くなんかないけど。お前が選んだ相手なんだろ。それならそれでいいじゃん。……自分で責任がとれるなら、男も女も関係ない、と俺は思う」
 本心だった。突然口を挟んだ俺を、一輝はいつものように受け入れて笑った。ありがとうと言う小さな声が聞こえたが、聞こえないふりをする。そんなにはかない声を聞きたいわけじゃない。
「家出るんだってさ、あいつ」
「あぁ」
「もう、会うこともねえかなぁ……、まぁ、合わす顔もねえけどさ」
「……そっか」
 一輝は視線を天井に向けた。そして、すっと瞼を閉じる。堪えるように、抑えるように。
 静かに息を吐き出してから、一輝が立ち上がった。俺も視線でそれを追う。
「……ごめん、帰るわ」
「おう、気をつけてな」
「じゃ」
 こちらを振り向くこともなく、ひらひらと手を振る彼を見送って、一人教室に残された。考えてみる。俺は、あいつの友達だ。親友だとすら思ってる。いつも迷惑をかけているあいつのために、たまにはなにかをしてやりたい。
 ――なにか、俺に出来ることはないだろうか。


 そういえば、すみれも高見沢と面識があったはずだ、と思い出したのは家に帰ってしばらくしてからのことだった。いつだったかそんな話をしていた気がする。
 早速俺はちょうど風呂をあがったすみれに尋ねた。
「なぁ、高見沢引っ越すって知ってる?」
「玲二さんでしょ、もちろん知ってるわよ。なに?」
 驚いたように目を丸くするすみれの質問はとりあえず無視して聞いた。
「住所とか知らない?」
「知らない。この間、もう会えないってメールが来てから、メールしても電話しても出てくれないんだもん。家に行っても追い返されるし」
 あの日すみれがおかしかった理由はこれか、と一人納得した。彼氏ではなかったようでひとまず安心する。
 すると今度はすみれがこちらににじり寄りながら、恐ろしい顔で俺に問うた。
「なんでそんなこと聞くの? わたしより相田さんのほうが詳しいんじゃない? というか、相田さんに聞きたいことが山ほどあるんだけど。あの人最近なにしてる?」
 マシンガンの如く勢いよく連ねられた質問に圧倒されながらも、とりあえず答える。
「あー、その一輝が高見沢と話したいっぽくてさ。嫌われたっつって落ち込んでるから、なんかやってやりたくて」
「は?」
「あぁ、別に頼まれたわけじゃないけどさ、友達としてっつか」
「そ、そうじゃなくて、今なんて?」
「だから、一輝が高見沢と話したいっぽいって」
「違う、その後」
「……あぁ、高見沢に嫌われたっつって一輝が落ち込んでるから」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って、なんでそうなるの?」
 自分で聞いておきながら、大層慌てていらっしゃる様子のすみれに溜め息をついた。
「知るかよ。本人に聞け」
 いい匂いが漂ってきた。今晩はどうやらカレーらしい。じっと考え込んでいるらしいすみれを放って食卓につこうとすると、服の裾を誰かが掴んだ。言うまでもなくすみれだ。
「……わかった。お兄ちゃん連れてって」
「は?」
 嫌な予感がした。なにか考えついたらしい妹のまっすぐな瞳が俺を射る。
「相田さんとこに連れてって、お兄ちゃん」
 鋭い眼光に、身が縮む思いがした。ごめん、一輝。俺は、嵐を呼んでしまったのかもしれない。




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