「……なんか、ずりぃなぁ」
 すみれさんの笑いが落ち着いてきた頃に、ぽつりと彼は呟いた。すみれさんと一緒に視線を彼に向ける。
「なにがですか?」
 すみれさんが問うと、彼は悔しそうな顔をして言う。
「玲二と話せて。俺、最初はあんまり喋ってもらえなかったし。うらやましいっつーか」
 じっと、彼の視線がおれに注がれた。言われてみれば、そうだ。
 最初に戸惑いはしたものの、すみれさんには自分から話し掛けることができた。……かなり意味不明なものではあったが。
 未だに彼とまともに目を合わせることもできないのに、だ。
 でも、それはきっと。
「……君のおかげ、だよ。おれに、たくさん話しかけてくれたから。……ありがとう、かず、き」
 俯きながらではあったけれど、すとんと自然と言葉が口から零れた。おれの本心だった。
 ――よかった。やっと、お礼が言えた。
 しっかりと意味が伝わったのかどうかは定かでないが、ありがとうと一言告げることができた。よかった。
「相田さぁん、どうしたんですかぁ?」
 すみれさんの言葉に、ふと顔をあげてみると、彼は顔を赤く染めていた。夕陽のせいではなさそうだ。照れている、のだろうか。すみれさんはそんな彼を見てニヤニヤとしている。
「いや、なんか、嬉しくて。何気に初めてだった、し。……名前呼ばれるの」
 珍しく、目を逸らしながら彼は言った。いままで名前を呼んだことはなかったっけ。……なかった気も、する。
 そう思うと急におれまでどきどきしてきた。どうしてくれよう。
 すみれさんが送りつづけるニヤニヤした視線に耐え切れなかったのか、一輝はトイレを借りると言って部屋から飛び出した。
 なんだかおかしくて唇の端が持ち上がった。今日は、いつもと違う彼が見られた。
「……逃げられちゃった」
 残念そうに肩をすくめるすみれさんに、聞いていないことを思い出した。
「すみれさんは、今日、どうしてここに?」
「そりゃあ、玲二さんに興味があったからですよ。……言い方、良くなかったですね。気を悪くしたらごめんなさい」
「いや、大丈夫、です。……おれに、興味を?」
「はい」
 そういって彼女はニッコリと笑った。それはそれは満足そうな顔だ。パワーが溢れている、といえばいいのか。思わずたじろいだ。
「かわいらしい方だと伺って、是非愛でようと思いまして」
「……はぁ」
 意味がわからない。
「いやぁ、玲二さんが思った以上にストライクな感じで驚きました! 好きです!」
「…………」
「あ、いや、恋愛感情はないです! 変なこと口走ってごめんなさい! 萌え的な意味で好きです!」
「…………萌え」
 どうにも理解できない。よくわからない人だ。
 そうこうしているとドアが開いた。もちろん、ドアを開けたのは一輝だ。彼はおれに視線を向けると、今度は不機嫌そうな顔をすみれさんに向けた。
「……お前、なに話してた?」
「玲二さんがどストライクって話です」
「あんまり玲二を困らすなよ」
「あは、すいません」
 なかなかはっちゃけてはいるが、確かに悪い人ではないらしい。一輝も楽しそうに話している。その姿に、胸が苦しくなった。……苦しく? いや、苦しくはない、だろ、普通。微笑ましいとかならまだしも、苦しいってなんでだ。




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