「あー、こういう話、すみれにしたらすごく喜びそう」 「すみれ?」 「妹」 「あぁ」 ヤマトのシスコンは学校内でもそれなりに有名だ。本人曰く、「すみれ超かわいいヤバイ」。しかし、実際にこいつの妹を見たことのあるやつは少ない。だから、本当に妹が存在するのかどうかも定かではない。こいつの妄想かもしれないが、一応聞いておく。 「どうして喜ぶんだ?」 「……すみれ、腐女子だから」 「フジョシ?」 「腐った女子」 「なにそれ」 「男同士の恋愛が好きなんだと。俺には全く理解出来ないけどな」 「言っとくけど、俺は玲二に恋愛感情はないぞ」 「あのな、一輝。腐女子っつーのはな、そのへんはどうでもいいんだよ。実際に付き合ってようが付き合ってなかろうが、自分の妄想上でイチャコラしてくれりゃあ文句はねえんだって」 ヤマトは、修業をした僧のような、なにかを悟った顔をしていた。 「……よくわかんねぇな」 「ま、俺からすれば、結構矢印向いてるような気もするけど」 「矢印って?」 「だから、恋愛感情」 「誰から、誰に」 「お前から、高見沢に」 ニヤニヤしながら俺の顔を覗くヤマトに呆れた。深いため息がもれる。妄想癖にもほどがある。だいたいこいつは、玲二に会ったことすらないのではなかったか。 こうなってくると、いよいよすみれの存在が疑わしい。 「……なぁ、すみれって実在するの?」 「失礼な。実在するに決まってるだろ。絶対見せないけどな」 「なんでだよ」 「お前みたいな奴にすみれを狙われたらたまらん」 「何言ってるんだ」 「お前みたいな無駄に顔だけいい奴に会わせて」 「顔だけってなんだ」 「万が一、万が一恋愛関係にまで発展した時のことを考えると」 「おい、どこまで考えてんだ」 「……お前みたいな弟はいらねえ」 「こっちから願い下げだ。俺よりお前のがきもいぞ」 そんな不毛な会話を繰り広げながら歩き続けて、ヤマトの家に到着した。初めて来たが、それなりに綺麗なごく普通の一軒家だ。 「じゃあな」 「おー」 ヤマトが家の門を開けようとするのと同じタイミングで、家のドアが開いた。中から出て来たのは、ショートカットヘアの可愛らしい女の子だった。 「あ、すみれ」 どうやらこの子がすみれちゃんらしい。とりあえず存在はしていたようだ。「あれ、お兄ちゃん。お友達?」 ソプラノの澄んだ声が心地好く鼓膜を震わす。本当にヤマトの血縁か。ヤマトがシスコンになった理由もわからなくもない。 「おホモだち」 ニヤニヤしながら冗談を言うヤマトに鳥肌がたった。 「やめろ。違うっつってんだろ」 「必死になって否定するところがあやしい」 「えっ……、えっなにもしかして」 「だから! 玲二とはそんなんじゃないって!」 「お相手は玲二さんって言うんですね!」 腐女子とシスコンというものはこんなにもパワーのある生き物なのだろうか。 明石兄妹の両目がきらきらと輝いていた。二つは、これから得るだろう獲物に対して。そしてもう二つは、愛する妹の喜ぶ姿に対して。 「ヤマト! お前ハメやがったな!」 「妹の幸せが、俺の幸せ」 「ふざけんなシスコン!」 「なんとでも言え!」 「あの、今からお帰りですか? わたしまだ時間があるので是非お宅まで送らせてください」 細いわりに力強い手だ。さすがに女子には乱暴を奮うことはできない。それを見越しての算段らしかった。悔しさと恐ろしさに涙が浮かぶ。 「ちょっ、待っ、ヤマトこのやろう! 覚えてろよ!」 鬱陶しいぐらいの笑顔を満面に貼付けながら、さっさと家に帰っていったヤマトに悪態をついた。こうでもしないとやってられない。 ミンミン鳴く蝉が、俺を馬鹿にしているように聞こえた。畜生。 かわいい俺の妹に引きずられるようにして去っていった友人の姿を思い出すと、笑いがこみでた。顔を真っ赤にして叫ぶ彼は、今を生きるカッコイイ系男子とは思えないほどおかしかった。 寄せられるいくつかの告白にも、きみのこと好きじゃないから、なんていう単純かつ救いのない返答をする一輝が、こんなにもただ一人に執着しているのは。 ――やっぱり、恋なんじゃねえの。 妹に毒されたのかもしれないが、まぁ、親友として応援しないわけはないよな。お前の幸せは、俺の幸せだ。もちろん変な意味じゃなく。 俺も彼女欲しいなぁ。なんで出来ないんだろう。鏡に映る自分のにやけた顔をみると、俺に彼女ができないわけが少しわかったような気がした。 |