「玲二、寝ちゃいました」
 リビングでそわそわとしていた裕香さんにそう声をかけた。途端、彼女は安心したように顔を綻ばせた。
「あら、そう……、よかった。ありがとう、わざわざ呼び出しちゃってごめんなさいね」
「いえいえ、俺こそしょっちゅうお邪魔してしまってすみません」
「気にしないで、そんなこと」
 裕香さんは、玲二とどう付き合ったらいいのかがわからないらしい。言葉には出さないけど、そう思ってるだろうことはわかる。俺も馬鹿じゃないから。
 初めて玲二の部屋に入ったあの日、裕香さんにまた来て欲しいと強く頼まれた。まるで俺に縋り付くみたいに、必死に。アドレスを交換したのもその時だ。
 俺に向ける裕香さんの眼差しは、ベッドから顔を出してこちらを見つめてきた玲二と、どこか似ていた。
「ねぇ、一輝くん。聞いてもいいかしら」
 こちらの顔は見ずに、手元のグラスに視線をやりながら裕香さんは続けた。
「なんですか?」
「どうして、そんなに気にかけてくれるの?」
「どうしてって……」
 すぐに答えは出て来なかった。確かに、どうしてだろう。
 俺は、自他ともに認めるお節介男だ。そして、矛盾するようではあるが、なかなか面倒くさがりでもある。
 玲二は、はっきり言ってしまえば、間違いなくめんどくさい部類に入る。誰だってめんどくさい物は避けて通りたいだろう。俺だってそうだ。
 ここに来たのは、担任に頼まれたから。それ以上でもそれ以下でもなく、ただ与えられた義務だった。でも前回と今回の訪問の理由は、そうではない。俺の意志だ。
「……ちょっと、わかんないすね」
「そう。ごめんなさい、おかしなこと聞いて」
 ――わからない。
 正直に答えると、裕香さんは眉を下げて笑った。



 玲二の家を出ると、息苦しい湿気がむわりと身体に巻き付いてきた。蝉の音もより一層やかましく聞こえる。暑い。まだまだ夏は終わりそうもない。
 はやく家に帰ろう。
 先日、何者かに自転車を盗まれてしまった俺は徒歩でここにやって来た。もっと日が暮れて、暑さがましになってから帰宅したかったんだけど。
 そんなどうしようもないことに思いを馳せながら歩いて数分。隣にいきなり自転車が止まった。なんだと思って首をまわす。
「よ。終業式ぶり。こんなとこにいるなんて珍しいな」
 にこにこしながら話かけて来たのは、最近よく話すクラスメイトの明石ヤマト。泥だらけの体操着と頭に被った野球帽から見るに、部活帰りらしい。
「久々だな。今日は友達の家にお邪魔してたんだ」
「友達?」
 ヤマトは首を傾げた。俺の交友関係の浅さを知っているからだろう。気にせず話を続けた。
「玲二だよ」
「……レイジ?」
「玲二。高見沢玲二」
「タカミサワ……、あぁ、あいつか。見たことないけど。仲いいのか?」
「まぁ、かくかくしかじかで」
 ヤマトはなかなか口が堅いやつだ。誰かの悪口を言うこともない。いつだってムードメーカーで、その実他人思いだ。多分こいつには、話しても大丈夫。玲二に害は及ばない。
 俺はヤマトに、これまでのいきさつを簡単に話した。いつの間にかヤマトも自転車から下りてハンドルを押しながら話を聞いていた。
 一通り話を聞いて、ヤマトは驚いたような顔をした。
「……へぇ、なんか珍しいな」
「なにが?」
「お前だよ。そんなに他人に執着するなんて珍しい」
「……そうか?」
「そうだよ。一輝は来る者拒まず、去る者追わず、自分から人に干渉せず、って感じに見える」
「そんなこと……」
 ないことはないだけに言い返せない。ヤマトはじっと真顔でこっちを見ている。正直、顔がこわい。
「気に入るとこでもあったのか?」
「気に入る、ところ」
「そうだよ」
「……うーん」
 似たようなことをさっきも聞かれたな、と感じながらもとりあえず真剣に考えてみる。
「そうだな……、人と話すのは苦手っぽいけど、いつも一生懸命なところは好きだな。なんか、弟が出来たみたいで楽しいよ」
「ふうん」
 玲二と過ごした時間は、まだ少ない。そんな俺でも、彼のまっすぐさや一生懸命さはよくわかる。
 不器用で、気持ちを伝えることが下手みたいだけれど。
「あ」
「なんだ?」
「他にもあった」
「お」
「気に入る所とは少し違うと思うけど」
「なに?」
「寝顔がかわいい」
「…………は?」
「え?」
「一輝、なんて?」
「寝顔がかわいい」
「……男だよな?」
「もちろん」
「お前、ちょっと今きもかったぞ」
「なんで……」
「ほもくさかった」
「やめろ」
 ヤマトはハハ、と笑って野球帽を深く被り直した。相変わらず日差しが強い。汗をたらたら流しながら、ヤマトが唸る。




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