キンコンカンと鐘がなって、流れる放送部のアナウンス。要約すると、下校時間だ帰れおまえら。
 これが、わたしたち美術部の活動終了の合図だ。起立、気をつけ、礼。部長が声を張るのに合わせて、頭をさげた。絵の具、片付けよう。

 小さい頃から絵を描くのが好きだった。それがわたしの美術部所属理由だ。特別描くのが上手いってわけではないけれど、唯一胸を張れる趣味。
 今描いているのは、海の絵。青のなかに魚や岩や夕焼けや雲や星を詰め込んだ絵。色の上に色を重ねる。なかなか思い通りに描くことはできないけれど、その歯痒さもまた楽しい。そうだ。とりあえず、楽しいのだ。描くことが。


 アナウンスが流れたあとは、いつもオルゴール調の音楽が流れる。メロディは日替わり。今日は、最近流行りのラブソング。
 オルゴールの音色は好きだ。優しくて、懐かしい旋律。校舎から流れるこの音を聞きながら帰りの校舎を歩くのが、最近の楽しみだったりする。

「それじゃ、お先に」
「せんぱいさよーならー」
「おー」

 部室である美術室の扉をゆっくりと閉めて、廊下を歩く。美術室があるのは別館二階。下足場に向かうには、この廊下を通って本館へ、そして階段を下りて一階の職員室前を通って行くのが最短距離だ。
 とんとんとん、とリズムよく階段を踏んでいく。最後の一段を踏み締めて方向を転換。
 まだそれなりに生徒も残っているみたいだった。するすると人の間を縫っていく。

「あっ、加奈子ちゃん!」

 ふと聞き慣れた声がして振り向くと、人と人の隙間に小さな女の子が見えた。クラスメートの中山ゆか。腕に大きな段ボールを抱えていた。
 足をひいて、くるりともう一度方向転換。彼女の傍まで歩んで、段ボールの角を支える。なかなか重い。

「手伝うよ」
「わ、ごめんね。そんなつもりで呼んだわけじゃなかったんだけど、」
「いいからいいから。レディファーストだよ」
「ふふ、ありがと。……あ、そこに置きます」
「はいよ」

 彼女が目線でさしたのは職員室前に置かれた長テーブル。息を合わせて、よっと上にのせる。

「ところでなあに、これ」
「これはね、えーっと」

 彼女はがさごそと段ボールの蓋を開いた。出て来たのは、ノートぐらいの大きさの冊子。なかなかに手づくり感溢れるデザインだ。

「じゃじゃーん。文芸部の部誌ですっ」

 彼女はそれを一冊手にとって、表紙をこちらに向けた。そういえば、何日か前に楽しそうに制作過程を話してくれたっけ。

「おおー、言ってたやつな」
「そうそう! 無事完成しましたっ」

 にこにこと笑いながら冊子を長テーブルの上に重ねていく。二山ほどにわけて積んで、しまいに『ご自由におとりください。――文芸部』と書かれたポスターを貼る。
 ふう、と彼女が一息ついたタイミングを見計らって尋ねた。

「ね、ひとつもらっていい?」

 言葉を発した途端、彼女は勢いよくこちらに顔を向けた。それから、もげるんじゃないかって勢いでこくこくと首を縦に振る。

「どうぞご自由に! というか、貰ってやってください!」
「じゃあ、もらう」

 重なった山の上から一冊拝借して、スクールバッグの中に丁寧に差し込んだ。鞄の中はなかなかに汚いが、これは彼女にとっての『絵』なんだなぁと思うと、乱暴に押し込むことはできなかった。

「家に帰って、じっくり読むね」
「ふふ、なんかこっ恥ずかしいなぁ」

 笑顔をふやふやにとかして、彼女は後頭部を掻いた。満更でもなさそうだ。


 校内に漂っていた旋律が止んだ。あ、と彼女が声を漏らす。

「あたし、かばん部室に置きっぱなしだから」
「そう、それじゃわたしは帰るね」

 よっとバッグを持ち直す。少ない荷物が中で暴れた。彼女はわたしをじっと見つめて、僅かに口角をあげた。

「今日はどうもありがとう」
「いえいえ。じゃあ、また明日」
「うん。ばいばい」

 手を振って、振られて、わたしは校舎に別れを告げた。まだまだ寒いが、もう外はそんなに暗くない。季節がまた、かわっていく。
 ――家に帰ったら部誌を読もう。楽しみだな。
 そう小さく笑みをこぼして、バス停までの道をひとつひとつ踏み締めた。


:) God bless you!さま提出




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