毎朝七時十二分の市バスに乗って通学する。
 家の近所のバス停から揺られて四十分で、学校近くのバス停に到着。冷暖房も効くし、そこまで激しく混むわけでもないから、なかなか快適な移動手段だ。
 今通っている公立高校に合格してもう十ヶ月近く。バスアナウンスも飽きるほど聞いた。見知った顔もちらほらとできてきた。

 通勤中風情のサラリーマンにも見覚えがある人がいる。
 毎週金曜日には、小さな男の子がおじいさんと一緒に乗り込んでくる。
 車内の隅にいる三人組の男子高校生たちは、いつも部活と恋愛と音楽についてを語り合っている。
 そして。

「ここ、すわっていいよ」

 にっこり、とわたしに笑いかけた彼女も、バスで出会った顔見知りだ。彼女は片手で英単語帳をもちながら、空いている自分の隣をぽんぽん叩いた。

「あ、ありがとうございます」

 彼女の隣に腰をおろす。肩にかけていたスクールバックを膝の上に置いて、中から英単語帳をとりだした。そういえば、今日は英単語の小テストだった。


――御乗車、ありがとうございます。御降りの際はボタンを押してお知らせ下さい。

――次は、○○小学校前。○○小学校前。
 彼女は、わたしの高校からバスで十分の場所にある私立高校に通っているらしい。
 三ヶ月ほど前に隣の座席に座ってから、たまにこうして隣をすすめられるようになった。
 同い年だけど、学年はひとつ上。彼氏はいない。名前は加奈子。
 黒くて長い髪の毛はさらさらで、視線はどきっとするぐらいに強い。美人、というわけではないのだけれど、何か目をひくような魅力がある人だと思う。

「加奈子さん」
「なに?」
「最近どうですか?」
「んー、そうだなぁ……。あ、この前話した桜井ってやつ覚えてる?」
「……あぁ、コーヒー牛乳の」
「そうそう、あいつがさぁ」

 加奈子さんはぱたんと単語帳を閉じて、こちらに視線をよこした。身振り手振りを交えながら、楽しそうに話し出す。
 毎朝のこの時間が好きだ。この三ヶ月で、いろいろな話をした。人と話すのは苦手だけれど、加奈子さんと話すのは楽しかった。現在進行形で楽しい。


――次は、○○高校前。○○高校前。


 ピンポン、と下車ボタンが押された音がした。どうやら加奈子さんがわたしの代わりに押したようだった。

「わ、ありがとうございます」
「いえいえ、レディファーストだからね」
「いやいや、あなたも女じゃないですか」
 くすくすと加奈子さんは笑う。何が可笑しいんですかと聞くと、なんでもないとはぐらかされた。加奈子さんは、よく笑う人だ。わたしの言った、たいして面白くもない冗談に笑ったりする。


――お待たせいたしました、○○高校前です。お忘れ物などございませんよう……


 アナウンスが鳴って、下車ドアが開いた。
 わたしはスクールバッグに、結局殆ど使わなかった英単語帳をしまった。そしてそれを肩にかけて、席から立ち上がる。
 そして、顔を加奈子さんのほうに向けて笑顔を作った。


「それじゃ、また明日」
「はい、また明日」


 バスから降りたわたしを、冷たい風が追い抜いていった。


:) God bless you!さま提出




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