わたしは数学が好きじゃない。単刀直入に言うと嫌いだ。頭に大をつけてもいい。 こいつとわたしは算数時代から波長が合わなかった。 足し算、引き算、掛け算、割り算、そして図形、分数、小数へとこいつが進化を遂げる度に、わたしの脳内は大波乱だった。 成績は悪くなかった。今現在も、どちらかと言えば良い方だ。だがしかし、算数や数学との和解は、未だにできずにいる。 好きこそ物の上手なれという言葉がある。だがしかし、この数学というものはわたしがいくら好意をむけても、こちらを見向きもしないのだ。 はやくこいつと決別したいとは思うけれど、学生という身分がその邪魔をする。 場所は教室、時間は昼休み。今日の敵は二次関数だ。今日6限目の数学に必要な課題を忘れていた。 昼休みまでこいつと向き合わなきゃいけないなんて。忌ま忌ましい放物線グラフがわたしの気分を沈ませる。 「森口さん、ここ間違ってるよ」 「……え?」 ふと、言葉は突然わたしの隣から。これ、とわたしのノートを指でつついたのは黒ぶち眼鏡の黒髪男子。その指先には放物線。 「xマイナス2だから、軸はx=2」 「あぁー、そういえばそうだった」 手にしていたシャーペンを机に転がす。代わりに掴んだ消しゴムで放物線を抹殺した。 「ありがとう」 わたしは黒髪男子に小さく笑いかけた。彼もわたしに微笑みかける。感じのいい笑顔だ。名前、なんだったっけ。 とりあえず、もう一度ノートに向き直る。定規を使ってx軸y軸o点を描いて、座標をとる。軸はx=2。今度は間違いないだろう。 「森口さんって数学嫌い?」 視線をあげると、黒髪男子がまだこちらを見ていた。にこにこした顔も貼り付けたままだ。 「……嫌い」 「はは、やっぱり」 「好きな人の気がしれない」 「俺は好きだよ、数学」 にこにこ。彼は笑顔のまま、面白そうに言った。 「ごちゃごちゃした数式をスマートにまとめる作業って楽しくない?」 楽しくない。 「それに、公式一個使えるだけでいろんなバリエーションの問題が解けるだろ、」 そんなバリエーションいらない。 一つ解くのに精一杯。 「あ、あと数学家の顔にらくがきすんの楽しい」 やめたげてください。 「それから、最初わけわかんなくてもさ、解いてるうちにピーンって答えがはまる感覚がさ、他にはないじゃん」 「……そりゃわかれば楽しいだろうけど」 結局、勉強にしても何にしても、わからないものは楽しくないのだ。 答えがさらさらと書けるなら、数字で頭が回るのなら数学もさぞかし楽しいだろう。 「うん、だから森口さんには俺が数学教えたげる」 「……は?」 「いやー、実はちょっと気になってたんだよね、森口さんのこと」 「は?」 何言ってんだこいつ。 口を開けっ広げた間抜けな顔を晒したわたしとは対照的に、彼はより一層顔を眩しくさせた。 「俺、数学好きだし。森口さんも数学わかるし。お互い仲良くなれるし。一石三鳥」 「……はぁ」 「せめて名前ぐらいは覚えてほしいところだし」 「……ゴメンナサイ」 「それの提出まであと2時間だし。ねっ、数学一緒にやろう」 どうしようか。終始顔に楽しさを滲ませたこいつに押し切られそうだ。 さほど親しくもない異性にいきなりそんなこと言われてもなぁ。こっちは名前すら覚えてなかったわけだし。 でも。 緩んだ目元の黒髪に少し興味もわいたから。この人とやる数学は楽しそう、だし。 「ねぇ、名前聞いてもいい?」 アンサー変更。ちょっとだけ、数学も好きになれそう。 |