病院の夜は静かだ。それも、ぴんと張り詰めた緊張感のある静けさではなく、まるでどこかで誰かが目を光らせているような、何かがやってきそうな、そんな静けさ。
 特に夏の夜は、纏わり付くような湿気も手伝って、より一層それを不気味なものにさせる。
 もっとも、それは私のような入院常連患者の前では、全く意味のなさないものなのだけれど。



 太陽もすっかり沈んだ午後八時。短い面会時間も終了したこの病院に響くのは、時折やってくる看護婦さん達のカツカツという足音だけだ。
 消灯時間まで、あと一時間。一人部屋の私には、話をする相手はいない。特に暇を潰せるような趣味もない。先程まではついていたテレビも、ただ騒がしいだけになってしまったから、電源を切った。


 目を閉じて、外から聞こえる虫の声に耳を澄ます。
 ――この鳴き声は鈴虫だろうか、リィイ、リィイと淋しげな声が聞こえる。実物を見たことはないけれど、一度図鑑で調べたことがある。長い触角が印象的だった。今、どんな姿で鳴いているんだろう。



 開け放たれた窓から、生温い空気が流れてくる。雨の匂いだ。うっすら目を開けた。窓際に吊されたてるてる坊主が揺れている。
 これは、強いのがくるかもしれない。


 窓、閉めないと。
 そう思いはするけれど身体が動かない。このまま、夏の夜風に溶けてしまいたい。
 意識が沈んでいく。目が覚める頃には布団が水浸しなんだろうな、なんてことを考えながら、流れに身をまかせる。

 また無事に、明日を迎えられますように。



夜の向こうがわ/ ひよこ屋




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