雨の池袋西口公園のベンチに、あの女はいた。

急な雨というわけではなかった。雨はさも当然だというふうに朝からザァザァと降り続けていて、夜になった今でも延々とそれを繰り返している。
ならば大抵の人間はこういった場合傘を持ち歩くだろう。傘が無ければ合羽でもいい。この際雨よけになるならなんだっていい。兎に角そうした物を持っていることが普通なのだ。
なのに、あの女はベンチに座っているだけで雨避けになるような物は一切持っていない。そんな女を雨は容赦なく襲い続けている。

少し離れた場所にいる自分が見ても、女がずぶ濡れだということが解る。顔はよく見えないが濡れた長い黒髪が白い頬に首にぴったりと張り付き、喪服のように黒いワンピースも同じく女の身体の線に沿って張り付いている。

寒くはないのだろうか。
などと暢気な考えが頭を横切る。


「どうしたんだよ静雄、ってあの女…うわ、ずぶ濡れじゃねぇか。こんな雨の日に傘持ってねぇとか非常識だな」
「……そうスね」


上司である田中トムが静雄の隣に来て話掛けるも、静雄の反応がただ薄く。どうしたものかと静雄が見ている視線の先を見れば、ずぶ濡れ姿の女がベンチに座っていた。


「……非常識っつーか、なんつーか。あれ絶対風邪ひくぞ」
「……そうスね」


やはりトムにもその女が、今に雨に濡れたようには見えない。長い時間雨に当てられていたからこそ全身あそこまで濡れそぼっている。水も滴るなんとやらとは言うが、ここまでくれば滴るどころの話ではない。トムが今仕方言ったようにこのままではきっと女は風邪をひくだろう。トムと静雄が噛み合っているようなないような会話をしていると、どこぞの不良グループらしき少年達がベンチのずぶ濡れ女を取り囲む。少年達の身体に身につけている黄色の布が、やたら主張をして目をひく。

それが何を意味するか二人にはなんとなく解る。


「あれって黄巾族ってカラーギャングだよな?まさかあいつらと待ち合わせとか……無いか。ならあれ絡まれてるって感じか」


苦笑を浮かべたトムが一人呟きながら横目で静雄を見る。しかし静雄はただ女を見つめたままでトムの視線には気付かない。


「トムさん今日もう上がっていいんすよね」
「え?あ、あぁ。まぁいいだろ、今日は一通り回ったしな」
「じゃあお先に失礼します」
「あ、おい静雄…!」


静雄はトムにそれだけ言うと急に歩き始める。トムは訳が解らず一瞬呆けるが、静雄の向かう先を見て複雑そうな表情でそれを見守る。

静雄が向かったのは、ずぶ濡れ女の座るベンチだった。


「俺等と遊ぼうよー、な?いいだろ?」


黄巾族のうち一人の少年がずぶ濡れ女に話し掛けているらしい声がする。静雄からは女の姿は見えない。黄巾族が取り囲んだせいで壁を作っているのだ。


「なぁ、なんとか言えよ」


不機嫌そうな少年の声が聞こえ、静雄の顔が一際険しくなる。
しかし本当のところ静雄は酷く戸惑っていた。きっと自分はあの女を助ける気だ。何故かは解らない。
知り合いでもなんでもない女が、不良少年共に絡まれる。そんな構図など、池袋の街では日常茶飯事ではないか。わざわざ自分がそれに首を突っ込む理由はなんだ?慈善活動か?そこまでお人好しではない、筈だ。


「おい、お前等」


黄巾族の少年達の後ろまできた静雄は、サングラスの位置を指で直しながら低いトーンで話掛ける。黄巾族の少年達が振り向き、漸く静雄はその奥にいる女と視線が合う。

黒い双眸に、血色の良い朱い唇。しかし肌は異様に青白い、それが女を一層不可思議なものに見せる。生きた人間なのだろうか。それにしては生気の感じられない瞳をしている。
疑問はひたすら湧くばかりで収まりそうにない。静雄はその考えを一時、頭の端に追いやると少年達を見据えた。



「その女は、お前等の知り合いか?」






雨に濡れるモノトーン
(だだ無性に気になってしまった)




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