「あのさ、もうそろそろ諦めようとか……思わない?」
「お、思わない!全然思わない……!!」


今の私に逃げる術は用意されていない。この状況から逃げ出すにはどうすればいいか、愚鈍な脳を回転させたところで所詮は私の考えることなのだ。限界がある。


「ち、近いッ!顔近いからぁ!!」
「近いのは当たり前だよ。子供じゃないんだし……俺がどうしたいかぐらいわかるでしょ?」


背後には冷たい壁が聳え立ち、前方には微笑みを携えた憎たらしい悪魔が道を遮る。左右へ逃げ道を探そうも、悪魔が伸ばした両腕が檻を作っており到底逃げられる状況ではない。微笑みを携えた悪魔――折原臨也――を目前に、私はもう気が気じゃない。性格だけをあげれば問題多々なこの男だが、黙っていれば端整な顔のイケメンである。だからなのか、私は過ちを犯した。

こともあろうに、この性格破綻男に惚れてしまったのだ。

そして、現在。その性格破綻男に私は接吻、分かり易く言うなればキスを強要されている。


「俺のこと好きなんでしょ?だったら問題ないじゃない」
「も、んだいあります……っ、だって私は臨也さんの口から大事な言葉聞いてないですし!」
「聞いてないだなんて失礼だな。毎日言ってるじゃん。愛してる、って。それじゃ満足できないの?それって我儘すぎない?」


呆れた、と言わんばかりな臨也さんはわざとらしく肩を竦めていつもの調子で喋り続ける。


「臨也さんの愛してるは全世界の人間に向けた、オールマイティで無駄に幅広い愛じゃないですか…!」


そんな大雑把な愛で誰が納得するというのだ。少なくとも私は納得しない。したくない。絶対にしない!


「乙女の清純な唇を一体何だと思ってるんですか!?いつだって私があなたの言うこと聞くと思ったら大間違いですよ!」


勝った!と心中で呟いた私は、俗に言うドヤ顔で臨也さんを見る。そうして、暫く経った後微笑みを再度作り直した臨也さんはゆっくりと唇を動かす。


「……だから何?」


ばっさりと容赦なく切り捨てられた自分の主張が悲鳴をあげているような気がした。その悲鳴が止めやらぬ中、躊躇なく近づいてくる顔に私の精神が続いて悲鳴をあげる。思わず、両手で臨也さんの顔を押し返す。


「……ねぇ、これじゃキスできないんだけど」
「しなくていい!しなくていいです……!!」


まっすぐ前を見れなくて、顔を背けたまま言葉だけで訴える。今の私はどれだけ必死な形相をしているのだろう。きっと面白い顔をしているに違いない、臨也さん的には。
渋る私にいい加減、業を煮やした臨也さんが顔を押す腕を絡め取り自由を奪う。その仕草の流麗なことといったらない。手馴れている感じがこれまた悔しい。
身の危険を更に感じ、逃げようともがくが男の力には適わない。


「み、未成年に手を出したら犯罪です!越権行為です!自重してくだっ」
「越権行為?君には縁のない言葉だねぇ、取り敢えずその五月蝿い口を閉じてくれるかな」
「むむ゛ぅぅ゛!!」


閉じてくれるかな、そう続けた臨也さんが私の頬を手で掴み唇が突き出るような間抜けな顔をさせられる。おかげで訴えたい言葉さえ綺麗な形を保つことができない。もごもごと口を動かす私が余程滑稽に見えるのか、愉快でたまらないといった表情が無邪気な笑みとして顔に映し出される。


「お世辞にも可愛いとは言えないね、今の君は」


大きなお世話である。

「んんぐぐぐッ!」
「ちゃんと喋ってくれなきゃ分からないよ」
「う゛ぅううう!!」
「君って最高だよ、本当最高に面白い」


褒められているのか、馬鹿にされているのか。もうどちらでもいいのでこの間抜けな顔から脱出したい。
途端、臨也さんの手が顔から離れ、代わりに急速に近付く唇。思わず目を強く瞑り身体を強張らせた。こんな形で乙女の清純――ファーストキスが――が奪われるとは思わなかった。夢見がちだと言われようが、やっぱりするからにはそれなりのシチュエーションとか、そういうものを望むわけで……それぐらい望んだって罰は当たらないと思うのだ。

しかし、いつまで経っても未経験の感触は訪れない。変わりに、鼻先に柔らかい何かがそっと触れる。


「今日はこれぐらで勘弁しといてあげるよ。次は覚悟しといてね」


視界を開くと遠のく臨也さんの顔があって、清純喪失の危機は去ったようだった。
しかし、これはこれで望んでいた結果なのに釈然としない。臨也さんの言う通り私は我儘なんだと思う。




フレンチきす




(……ちょっと拍子抜けしたかも)
(何か言った?)
(いえ、なんでもないです!)
(お望みなら明日にでもしてあげるけど?)
(聞こえてるし!)
(君の場合は顔を見ればわかるよ)
(うそ!?)


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -