昼間の池袋は大層騒がしい。夜になってもあまりそれは変わらないのだが、臨也と静雄が顔を合わせると昼も夜も関係なく街の騒がしさは格段に増すのだった。


「いぃぃざぁぁぁやぁぁあ!!」
「シズちゃんも懲りないねぇ」
「うるせぇ!」


バーテン服にサングラスで金髪の細身で長身の男──平和島静雄──は、片手に何処からかもぎ取ってきたらしい標識を持っている。通常の常識では考えられない光景だが、池袋という街ではこれが普通だった。
一方、飄々とした態度で人を馬鹿にしたような口調の黒いコートを着た細身の優男──折原臨也──は、異常といえるこの事態にも関わらず口許を不敵に歪ませるだけで焦る様子は微塵も感じさせない。

この二人は高校時代からこうした“命を賭けた喧嘩”というやり取りを幾度も繰り返していた。二人して常に相手の死を願い、本気で殺しに掛かる。
にしても、よくもまぁこんな歪な関係が続くものだ。切っても切れない縁、こういうのを人は腐れ縁というのだろう。


「今日こそ死ね、絶対に死ね、間違いなく死ね!!」
「まるでそれってば呪いの呪文か何かみたいじゃない。あー、怖い怖い」


鬼神の如く形相をした静雄の激昂に、臨也は身体を抱くように両腕を抱えて震えるそぶりを見せる。そんな危険なやり取りを繰り返す二人に、近付く人間はいない。どこぞの外人は例外として───普通ならば近付かないし、近付きたがらない。

しかし、例外がいた。
たった一人だけ。


「呪いで手前が死ぬなら幾らでも呪ってやるよ、…でもなぁ今は取り敢えずこれで死んどけやぁぁあああ!!」


びゅんっと風を切る音が鳴ると同時、恐ろしいスピードで標識が臨也に向かって一直線に飛んでいく。間に障害物は無い。

刹那、そこに一つの影が飛び込んだ。
標識が進む進路に飛び出すなど言語道断も甚だしい。どこの馬鹿だと静雄が舌打ちをしたが、それで標識が止まることはない。止めに行くにしたって、もう間に合わないだろう。

臨也に当たる前に不発で終わるのかと思うと憂鬱な気分になりそうだが、事態はそう単純なものではない。


「おい!お前…!!」


静雄は思わず右足を前に出していた。そして自分で投げた標識がその影、───人に当たると思ったその瞬間。その影は身軽な動作で標識を難無く避けてしまったではないか。静雄は驚き暫く動きが止まる、しかし臨也の口許は笑っていた。

くるり、と回転し優雅な動きで標識を避けた影が、突如大声で叫んだ。


「トリック・オア・トリート!喧嘩するなら私にお菓子をちょうだいな、お二人さんっ」


そう言い放った影は、柔和な微笑みで二人を捉えた。その影を静雄も臨也もよく知っていた。

影は高校からの友人で、二人が殺し合いの喧嘩をしているにも関わらず、その間に割って入ることを幾度となく繰り返していた。

命知らずな変わった女。


「詩織…」
「詩織じゃん。確か出張で地方に行ってたんじゃなかったっけ?」


名前を呟いた静雄の声はとても小さかったらしく、臨也の声が上に重なり無情にも掻き消された。


「思いの外早く仕事が片付いたから帰ってきてたの、それで久々に池袋に来たらー……これだもの。他の人に当たったら危ないでしょ!」


むすっと頬をわざとらしく膨らませた詩織は、壁に喰い込んでいる無惨な姿の標識を指差し子供を説教するような調子で言う。その他の人の中に自分は組み込まれていないのかと、静雄は思う。
昔からそうだったが、自分達の喧嘩に首を突っ込んでよく無傷でいられるなと素直に関心できるぐらい詩織は怪我を負わない。だからと言って、毎度毎度首を突っ込まれても困るのだが、当の本人はそんなことは気にしない。臨也はふくれっ面の詩織に、人懐こい微笑みを浮かべて近付く。
それに対抗して静雄も負けじと近付いていく。そして詩織を挟む形で、臨也と対峙した。


「そうだよねぇ。詩織の言う通りだよ。シズちゃん反省してくんない」
「うるせぇ!大体誰のせいでこんなことになると思ってんだ!!」


条件反射というやつで臨也を見るだけで苛々してしまう、自分では本当にどうにもならない。


「静雄も落ち着いてってば、きっと糖分が足りてないのね。苛々するのはカルシウム不足と糖分不足の証拠よ。右手出して」
「……は?なんで」「いいから!」


静雄の右手を掴むと掌に飴玉を何個か掴ませた。甘いものは嫌いではないがなんとなく素直には受け取り難くて、暫くの間掌に収まった飴を眺めていた。
そして、くるっと向きを変えた詩織は次に臨也の右手を取り、さっき静雄が受け取ったものとは別のラッピングを施したものを渡している。


「臨也はその厭味ったらしくて神経を逆撫でちゃう性格が治るように、甘い物でも食べて丸みというものを身につけてね」「酷いなぁ」
「仕方ないでしょ、事実だし。あーあ、本当なら私が二人にお菓子を貰う予定だったのにー」


残念だと言わんばかりに嘆く詩織は、静雄と臨也の二人を見比べる。


「今日はハロウィンなの。イベントのある日ぐらい喧嘩はやめてよ。二人で楽しく過ごせなんて無茶は言わないから、せめて喧嘩しないって譲歩して」


前言のそれは本当に無茶な申し出だ。静雄は自分が臨也と仲良くしてる姿など想像の“そ”の字も思い浮かべない内に、頭からその妄想を掻き消した。臨也も同じようにその考えを思い浮かべたのか、些か表情が厳しい。

静雄は苛々が爆発しそうになるのを堪えて、貰った飴玉を口に放り込む。


「どうどう?おいしい?」


詩織は目を輝かせながら尋ねた。


「……普通にうまい」
「なら良かったぁ」


こういう時どう言えばいいのか解らない。率直に感じたことを言う。それが静雄の遣り方だった。

そんな二人の遣り取りを見て面白くなさそうな臨也が邪魔をする為、間に入る。静雄がピクリと眉を顰めながら睨みつけるも臨也が気にかける様子はない。


「俺には感想聞いてくれないの?」
「はいはい…―――、臨也くんのは美味しい?」


仕方ないなと苦笑を零す詩織は、子供の機嫌を窺うかの様に問う。


「食べてみれば解るんじゃない?」
「へ?あ、ちょッ」


そう言うが早いか、詩織の腰に腕を回し顎を掬い上げる臨也の早業に時間が止まるが、静雄の思考がいち早く復帰する。今に臨也の唇が詩織のそれに届くといったその時、臨也の着ている忌々しい黒いコートの帽子を掴もうとしたが宙を掴み、空振りに終わった。


「シズちゃんってば危ないなぁ、油断も隙もないって正にこのことだよ。それでいて無粋で嫌になっちゃうなぁもー」
「油断も隙もないのはどっちよ!」
「手前ェ…、今詩織に何しようとしてたんだ。ああ?」


臨也に向けて非難の言葉が一斉に浴びせられる。
詩織は貞操を奪われそうになったことに、危機を感じた興奮で少しだけ頬が赤らんでいる。


「そりゃあ、詩織に飴をあげようと思ったんだよ。美味しいからさ、是非に、と思って」
「私は感想聞いただけなのに…!」
「口移しの方が甘さが増すかなーと思って」


悪びれる様子は一切ない。それが静雄の中の何かをブチっと乱暴に引き千切る。

ぶちぶちっ、現実の世界でも嫌な音が街を木霊する。それは静雄が手近にあった自動販売機をコンセントのことなどお構いなしに千切った音であった。どれ程の重さがあるかは知らないが、到底人間一人が抱えられる重さの物ではない。

しかし静雄に例外は通用しない。


「手ン前ェェェエエッ!殺す殺す殺す殺す殺すコロォォォオオス!!!」


額に青筋を浮き上がらせ、今にも血が噴き出しそうな膨張しきった血管を見て詩織は慌てた。怒らせた張本人臨也はヤバっと一言洩らし、池袋の街を疾走する。勿論静雄はそれを追い掛る。そしてそれを詩織も追い掛ける。


「逃げるが勝ちってね」
「待ちやがれえぇぇぇ!!!」
「ちょっと、静雄っ、落ち着いてってば!!」








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