臨也がいなくなった。
一昨日ぐらいから姿も見ていなければ、声さえ聞いていない。
臨也が消えた。
携帯にメールをしても、電話をかけても一切反応がない。新宿の事務所にも行ってみたが、
「臨也?知らないわよ。そんなに心配しなくったって、あいつのことだからいつか帰ってくるわ」
波江さんはいつも通りの調子で言う。それがやけにリアルで、私は言い知れぬ不安に襲われた。このままもし臨也がいなくなってしまったら、
わたしは───
*
私はふらふらと池袋を歩いていた。理由は、臨也が最近池袋に行っているのを知っていたから。
もしかしたらこの街にいる知り合いの誰かが行き先を知っているかもしれない。そんな淡い期待を胸に秘めて。
「臨也なら最近見てないな」
門田さんがライトノベルを読むのを止め、私に言った。
「遊馬崎達に聞いても……多分知らないだろうしな。力になれなくて悪い」
「いえ、こちらこそすみません。変なこと聞いてしまって」
軽く頭を下げて歩き出すと、溜息が零れた。
「サイモンさん。最近臨也見てませんか?」
「イザヤ?イザヤなら最近見てないヨー。詩織何か悩みアルなら寿司食うヨ。寿司はイイヨー?」
「あ、いや……また今度にします。ごめんなさい」
ロシア寿司の前で客の呼び込みをしていたサイモンさんも、臨也を見ていないらしい。
「詩織?」
寿司を勧められ断っていたところに、名前を呼ばれどきりと心臓が跳ねる。しかし名前を呼んだのは臨也ではなく、静雄さんだった。
「あ、……こんにちわ」
まずい。そう思った矢先
「オオ、シズオ!詩織が臨也見てナイかって探してるヨ。シズオ知らないカ?」
「ああ?臨也だぁ…?」
爆弾がサイモンさんの口から投下される。慌てて静雄さんを見ると、薄らと血管が額に浮き上がっている。
「いいんです!あのっ、それは忘れて下さい。私それじゃっ…!」
気付けば、私は逃げていた。
臨也と静雄さんが仲が悪いのは知っている。だから聞くつもりは無かったのに、まさかのサイモンさんという伏兵に私の寿命は数年ぐらい縮んだと思う。心臓に悪い。
その日、終電を迎えるまで臨也を探したが結局見つけられるわけもなく。自分の力、というか全てに落胆して私は家に帰った。マンションの階段を上がりながら今日何度目になるか解らない溜息をつく。ポケットから鍵を出して鍵穴に差し込んだ。そしてガチャリと開錠を示す音が聞こえて、ドアノブを回して部屋に入った。
「……ただいま」
一人暮らしなので誰もいないことは解っているが、これが私の日課だった。
「おかえり。遅かったね」
靴を脱ごうと少し身体を屈めると、頭上から声が降ってきて静雄さんに名前を呼ばれた時以上の驚きが私を包む。恐る恐る見上げるとそこには探し回っていた臨也本人が、人懐っこい笑みを浮かべて立っていた。
「な、なん…、で」
パクパクと鯉のように唇だけが動いて、上手く喋れない。
「なんで此処にいるのかって?そりゃ合鍵持ってるからだよ」
「そ、うじゃなくって……っ」
「違うの?じゃあ可愛い恋人に会いに来た。って理由じゃ駄目かな」
駄目とか、そういう問題ではない。
一体今まで何をしてんだ、とか。なんで連絡を寄越さなかったんだ、とか。聞きたいことや、言いたいことが沢山あったのに、それよりも何よりも臨也が今ここにいるということに安心してそんな考えが頭から全部消え去ってしまった。
「私、心配して…っいっぱい探して、それで…ッ」
「知ってるよ」
やっとの思いで喋る私の言葉に臨也の余裕のある声が重なる。
なんだか瞳の奥が熱い。
「……臨也の馬鹿っ」
目の前が霞む、臨也の顔も霞んでいく。
私は泣いている。
どうしようもなく、
嬉しくて、
悲しくて、
悔しくて、
でも、やっぱり嬉しくて
そんな様子の私を見て臨也は苦笑混じりに、自嘲的な言葉を吐く。
「詩織の言う通りだよ、どうやら俺は本当の馬鹿みたいだ」
泣
か
せ
て
、
ゴ
メ
ン
ね
。
玄関ということも忘れて臨也に抱き着いた私は、暫くの間肩口に顔を埋めて泣いていた。