このもやもやの捌け口が見つからない。心に澱が沈んで、その澱が淀みになって私は方向感覚を失った。
中禅寺秋彦、彼は常に本を片手に学校生活を送っていたと言っても過言ではない。私が見ていた限り、そうであった。
彼とは同じクラスで、席も隣同士だった。だから自然と会話もするようになり、それなりに仲が良いと私は自負していた。だが、それはある日突然終わりを告げた。
「中禅寺君この間言ってた本のことなんだけど」
「すまない、今忙しいから後でも構わないかな」
いつもの調子で話し掛けた私の態度とは裏腹な様子で、中禅寺君は素っ気なく言った。普段から仏頂面で何を考えてるか解らないところはあるけど、それは彼なりの愛嬌だと私は思っていた。
なのに
「えっ、あ、うん。全然大丈夫。また今度聞いてね」
普段と何処か違っているような気がしてならなかった。
*
「それは考え過ぎよ」
「でもなぁー……、それ以来あんまり口も利いてないし。なんていうか話し掛けづらいのよ」
最後の方になると私の声は消えかけていた。そんな私に千鶴子ちゃんはしょうがないわねと苦笑した。
「私がそれとなく聞いておくから、そんなに凹まないの」
「べ、別に凹んでないかないし!」
ドキっとした。
何をどう思ったのか、私の心は千鶴子ちゃんの一言にびくりと飛び跳ねた。
ちょっと気にはしてるが、凹んでいる訳じゃない。断じてそれとは違う。なのに千鶴子ちゃんは意地悪に笑い掛けてくるから、余計に意地を張りたくなって心にもない言葉が幾つも口から飛び出していく。
「私は別に中禅寺君がどーしようと、どーなろうと知ったこっちゃないの!だから私は凹んでないし!寧ろ清清してるわ!!」
机を叩き立ち上がる。まるでどこぞの政治家が演説をしているかのような私に、クラスメイトの視線が集まった。
ふんっと鼻息が荒くなった私は軽く興奮していた。だから直ぐ様クラスの異変には気付けなかった。
「真紀ちゃん後ろ……」
「なに?後ろ?」
言われるがまま振り向くと、普段よりも数倍不満そうな顔をした芥川龍之介の幽霊が立っていた。
「ちゅ、ちゅうぜ……っ」
最早驚きで思うように喋れない。そんな私に芥川龍之介の幽霊、もとい仏頂面の中禅寺君は一瞥をくれて直ぐに教室から出て行った。
「お、おおっ」
「真紀ちゃん落ち着いて」
今更慌てたところで、もう後の祭りなのだ。
「怒らせちゃった!ヤバイヤバイよっ、すんごく怒ってる!どうしよ、どうしよーッ」
こうした私の発言はのちに面倒事を呼び込む嵌めになった。
禍と錆の濁り
(リセットボタンがあったなら)