京極堂 | ナノ


 

「おお!なんと愛らしいにゃんこッ!」
「にゃ、にゃんこ……?」


突如目の前に現れた西洋の人形のように美しい顔立ちをした人は、その風貌からは想像もつかぬような明朗な声を上げた。この人の視線は私の少し後ろの方を捉えており、最初は自分が話し掛けられたとは思えなかったが、どうにもその言葉は私に向けられたものらしい。


「白くてふわふわなのか!そのにゃんこは!」
「え?あ、あの……」


そのにゃんことは何か。最初はそこから疑問に思っていたのだが、どうやらうちで飼っている猫のことを言っているらしい。この人形のような人は、依然とそのテンションを保ったままひたすら猫についての問い掛けを止めない。


「ああっ、そう言えばまだ君の名前さえ聞いていなかった!安心しなさい僕は怪しい者ではない。本ばかり読んでる馬鹿でもないし、他人とろくに言葉も交わせない猿でもない!」
「はぁ…」


なんという圧倒感だろう。


「僕は榎木津礼二郎、神であり探偵だ!」


高らかにそう宣言した榎木津礼二郎さんは最後にまたもや私が理解に苦しむような発言を残した。神であり探偵、とは如何なるものか。全く関連性のない単語同士を、この男は一人で背負っているらしい。


「榎木津さん、ですね。私は一之瀬ひふみと言います」
「ひふみちゃんか。よし解ったッ」


本当に解っているのだろうか。そんな不安が頭を過ぎる。


「さぁさぁ君が忘れないうちにそのにゃんこの名前も教えてくれ。きっとそうだなぁ、ふわふわで白いから名前はタマだ!」
「タマじゃないんですが……」


名前を聞いておいて一人で名前を決めている。しかもふわふわで白いというキーワードを差し置いてタマになるとは、どのような理屈が榎木津さんの中には渦巻いているのだろう。


「この際タマでもコロでも構わない。なんとしても僕は今すぐににゃんこに逢いたい!」
「逢いたいって、それはもしかして」
「もしかしなくてもそういうことダ!家はどこにあるんだい?んー、ああ、こっちか。こっちなら何度か行ったことがあるから任せなさい」


飴色の艶やかなな瞳に犇(ひし)と見つめられ、私は思わず怯んだ。そしてその瞳はみるみるうちに細められたが、それでもこの綺麗な顔は崩れないのだから羨ましくさえ思えてくる。 
 
「よーし解った。成る程成る程」


言い出すなり突然私の右腕を榎木津さんは掴み、そのまま歩き出した。当然ながら私は困惑する。


「あのっ、行ったことがあるってどういうことですか?私は今日始めて貴方に会ったのに、どうしてそんなことが解るんです?あと腕っ、離して下さい!」


掴まれた腕が熱い。恥ずかしさに、焦りに、困惑といった幾つもの感情がないまぜになり私自身もう何がなんだか解らない。しかし榎木津さんはそんな言葉が聞こえていないのか、はたまた聞く気がないのか家がある方角へどんどん進んでいく。

だから急に恐くなった。

どうして猫を飼っていることを知っているのか、どうして家がこっちの方角にあることが解るのか。普通に考えれば、知らなければ解り得ないことなのだ。もし事前に調べがついていたとなれば話は別だが。

何れにしろ私は今のように恐怖を感じることになるだろう。


「ん?」


くるりと榎木津さんは振り向いて私を見た。


「だから腕を離し、」
「厭だ」
「いやって……」


まるで子供のような駄々をこねる。


「離せば逃げるだろう?だから厭だ!第一よく考えてみなさい。ひふみ…、ちゃんが逃げてしまったら僕はにゃんこに逢う術が無くなってしまう。見たところどうやらそのにゃんこは家族の中ではひふみちゃんにしか懐いていない」


当たっている。
何故、どうして。その疑問が頭から消えない。


「……どうしてそんなこと知ってるんですか」


おかげで私は又もや同じような質問を繰り返した。
すると榎木津さんは軽快に笑ったあと一言


「それは僕が神だからダ!!」


と言い放った。



自称神様を名乗る男



(神様…ですか)
(如何にも!)
(……はい、そういうことにしておけば何も恐くはありませんね)
(恐い?何が恐いと言うんだ?敢えて言うなら僕はもそもそした食べ物と竃馬が苦手だ!)
(神様なのに苦手なものってあるんですね……)

 
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