「ちゅーぜんじさぁーん!」
少女とも女性とも言えぬ中途半端な声が呼んでいる。だからと言って玄関先にまで迎えに行ってやるようなことはしないのだが、この声の主は僕が顔を見せるまでは呼び掛けを止めることはしないのだから面倒なことこの上ない。
「ちゅーぜんじさぁぁん!居るなら出てこぉい!」
何故喧嘩越しの口調で僕が呼ばれなければならないのか。
「可愛い貴方の教え子のひふみちゃんですよーっ!!」
近所にまで轟きそうな声にいい加減我慢も限界に達した。このままでは五月蝿いと苦情がくる。急かしてもいない足がいつも以上の足取りで玄関へと向かえば、案の定昔教え子だった一之瀬ひふみが僕の姿を視界に捕えるなり満面の笑みを浮かべた。
「やっぱり、いらっしゃるじゃないですかぁ」
「そう思うなら勝手に上がってくればいいだろう」
「それは出来ません」
「何故?」
「だって先生には奥さんがいらっしゃって、何かの間違いで勘繰られでもしたら大変じゃないですか」
「ただの杞憂にしか過ぎないから安心なさい」
何が悲しくて元教え子と過ちなど犯せばならないのだ。
「冗談なのにそんなに怖い顔しないで下さいよ」
へらへらと笑うひふみの姿を見て、自分でも眉間の皺が更に深まったのが分かる。
「ほら、カステーラもあるから機嫌直して下さいな」
右手に持っていた紙袋を、顔の横に持ち上げてひふみは言う。カステーラ如きで僕の機嫌を取ろうなんざ生意気にも程がある。
来襲カステヰラ
(じゃお邪魔しまーす)
(おい。誰が上がっていいと言った?)
(いいじゃないですか、減るもんじゃないし)
(迷惑だから帰ってくれ賜え)
(えぇー)
(そんな顔をしても駄目だ)
(中禅寺さんのケチ野郎!)