「榎さんそっちのナイフ貸して下さい」
「駄目だ!そんな危ないものはひふみに持たせられないッ」
「そんなこと言われたら先に作業進まない…ってちょ、ちょっと!これ私のですから、榎さんのはそっちでしょ!?」
「これ以上は危ないから僕がやる、ひふみは黙って待ってなさい」
「いーやーっ!私がやるんですー!」
午後の昼下がり、中禅寺宅に現れたひふみと榎木津は大きく膨らんだ紙袋を持って現れた。千鶴子は今日出掛ける用事があると言って留守だったのだが、大抵家に居る中禅寺は例外なく今日も今日とて家で書物を読んでいた。
お邪魔します!と言うだけ言って勝手に上がり込む二人は、何故か軒先の庭に座り込む。普段とは違う行動に理解不能と眉を顰めた中禅寺は、書物から目を離して二人を見た。
「榎さん今日は何をしに来たんですか」
「よくぞ聞いてくれた!」
榎木津は中禅寺の問い掛けを皮切りにその場を立ち上がると、紙袋の中身を漁り始める。すると中から見事なオレンジ色をしたかぼちゃが二つ現れた。それを両腕で抱え榎木津は満面の笑みで言い放つ。
「ジャックランプを作る!」
「榎さんっ、ジャックランプじゃなくてジャックランタンです…!」
榎木津の間違いを慌てて指摘するひふみ。中禅寺はそれを冷ややかな視線で見つめ、溜息をついた。
「……正式名はジャック・オー・ランタンだ。にしてもよくそんな事知ってるな、日本ではその風習はまだ知らない者が多いというのに」
「さすが神だというところだろう?今日はそのジャックランプを作りにきたんだ」
「ジャックランタン作りに来ました!」
歳の割に子供染みた榎木津に続き、無邪気に笑うひふみ。またまた溜息をつく中禅寺をよそに、二人はいそいそと準備を始める。どうやら本気で作るらしい。
「作るなら作るで結構ですが、ちゃんと片付けはして下さいよ」
きっと帰れと言っても聞かないのだ。ならばせめて片付けていけと言うぐらい罰は当たらないだろう。
こうしてひふみと榎木津のジャックランタン作りが開始されて、冒頭に戻る。
「中禅寺さん、榎さんに何か言って下さい!あれ私のなのに…!」
縁側に上がったひふみが切実にそう訴える。しかし中禅寺からすれば、そんなことはどうでもいい。ジャックランタンをどっちが作ろうが作るまいが、どちらでもいい。
なんなら家に帰って欲しいぐらいだが……、それについては既にこちらが折れているから今更何も言うまい。
「榎さんが、僕の言うことなんて聞く筈ないじゃないか。もう暫くすれば飽きるだろうから、それまで待つしかないな」
「そんなぁ……」
ガクンと項垂れ肩を落とす姿を中禅寺が見れば、その向こうには大の大人の男が、かぼちゃ二つを両脇に置いて必死に顔を掘る最中だった。
「うぅー…」
さしずめ玩具を奪われた子供といったところか。縁側に寝転がりながらひふみはすっかり不貞腐れている。
そんな状態を中禅寺が気遣う必要など本来なら無いのだが、なんとなく───そう、なんとなく気が付けば口を開いていた。
「ひふみ」
「はい?」
虚ろな視線が中禅寺を捕らえる。
「千鶴子がカステラを買っていたと思うんだが、……取り敢えずそれでも食べて機嫌を直しなさい」
カステラの一言に、ぱぁと表情を明るくさせたひふみが元気よく頷いた。
傷口にはスイーツを
2010年 ハロウィン作品