京極堂 | ナノ


 

久し振りに実家のある福井県に鳥口は帰省していた。月刊『実録犯罪』に載せる記事の取材、というのが本当の理由で実家に寄ったのは“もののついで”である。
だからと言って取材をするのは実家の近所ではなかったわけだが、同県内ということで宿代を浮かそうという浅はかな狡い考えがあったことは否定しない。家族と適当に顔を合わせた鳥口は、特にやる事もなく夕飯までの間近所を散歩することにした。

そうして、目的もなくただふらふらと見慣れた道を進んでいく。小さい頃のことを思い出すと、今はこうして見慣れた土地であっても、子供の頃にはそれはそれは魅力的であったように思う。今そうした魅力を感じないのは、歳を取ったせいなのだろうか。


「そういえば」


ふと、唐突に鳥口は思い出す。昔近所に住んでいた女の子とよく遊びに行った秘密基地のことを。いつの間にか足はその方向へと向かって歩き出している。
鳥口の極度な方向音痴は大人になってから発症した、というわけではなく子供の頃からそうだった。例に寄って例の如く、その方向音痴は女の子にも何度も迷惑をかけていた。よく注意をされ、飽きれられ、しかしそれでも根気よく鳥口と遊んでくれた女の子。それを思い出し自分の不甲斐なさに鳥口は苦笑を洩らす。


『なんでもりひこくんは、みちをまちがえるの!』


そう言っては、頬を膨らませていた。その仕草がいやに愛らしくて今思い出しても口許が緩む。思えばそれが鳥口の初恋だったのやもしれぬ。
そうしてその子が鳥口の為に考えだしてくれた方向音痴対策は、周りにある建物や木などに何か目印をつけるというものだった。おかげでその頃は秘密基地には難なく辿り着けていた。


――――今、あの子はどうしているんだろう。


思い出に浸りながら子供の頃目印にしていたであろう建物を一つ発見する。家を取り囲む塀の下の方に彫られた小さな目印。体を屈めてそれを読む。


【キタ 二十 ススム】


要約すると、北に二十歩進めということなのだが。よく自分も覚えているものである。子供の頃の二十歩と、大人になった今での二十歩は大いに違うだろうから、考慮して鳥口は慎重に歩を進める。一、二、三、と心の中で数字を数え着いたのは大木の前だった。
そしてそこにも同じような小さな目印が彫られており、鳥口はそれを夢中に辿っていった。








「うへえ……、これはこれは」


どんと構えた目の前の秘密基地は、異様な雰囲気を醸し出している。昔はこれほどまでにおどろおどろしい感じだっただろうか。
古い家屋だった秘密基地は、鳥口が子供の頃から既に埃臭く古びた感じではあったがここまで酷くはなかった。子供が二人楽しんで遊べるぐらいの余裕はあったのだ。

しかし今見て見れば、そんな雰囲気は微塵もなく。秘密基地というよりはお化け屋敷と言った風がお似合いである。


「カメラ持ってくれば良かったなぁ」


手持無沙汰にカメラの存在を思い出す。写真家志望としてはこういう廃墟という素材もなかなかの被写体になるのではないかと思うと、非常に残念な気持ちになってきた。
今からカメラを取りに帰っても、ここに来るころは陽はすっかり暮れてしまっているだろう。


───残念だな。


そんなことを悶々と考えていると、背後に人の気配を感じた。


「あら…?」


その気配は不思議そうな声を上げる。


「もしかして守彦くん?」


何処かで聞いたような、懐かしい声音だった。曖昧な記憶がその声の主を知っているというが、鳥口には自信はない。
最後に聞いた声は幼少期のもので、それからは全く知らない。もし女性にも変声期があるのであれば、この声は鳥口が思い浮かべる人物とは全く違う人物である可能性もある。そういった考えが頭の中をぐるぐると駆け回り、鳥口が振り返るまでに数秒かかった。


「うへえ、…まさか」


振り向いた鳥口の前にいたのは若い女性だった。女性はやんわりと頬を緩めると、嬉々とした気持ちを孕んだ声で言う。



「あっ、やっぱり守彦くんだ。久しぶりね、元気にしていた?」



(大人になった彼女は驚くほど綺麗で、ただ、ただ、戸惑うことしかできなかった)





 失
 念
廃し
墟て
のい
行た
方 






虚構様提出作品
ありがとうございました!
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -