「この馬鹿者!」
綺麗な顔をした人形が憤慨している。形の良い眉が歪な曲がり方をして、私を責め射るような瞳で貫いた。
「なんでそんな中途半端なことをするんだ?下らないことに労力を使う暇があるなら、徹底的にやるべきだ!」
中途半端とは随分な言われようだ。こっちは一世一代の決意をしたというのに、この人形の前ではその決意でさえも“下らない”というカテゴリーの枠に嵌め込まれてしまうのか。
「私は───」
今が辛くて仕方ないの、だから
「駄目だ。そんな中途半端なカタチでいこうとするなんて、僕が許さない」
ああ、なんて酷い人。私の心を知っていて尚、そんなことを言うのね。
私の想いは決して届くことはないし、口にしてはならない。そう思う度、何度この胸が締め付けられたことだろう。
この手首に刻まれた赤い傷口がずきずきと痛んで、まだ私が此処に存在しているを非情にも示してくる。死のうと思って付けたこの傷が真逆の効果を発揮するなどまるで考えてはいなかった。
だから余計に自分が滑稽でならないのだ。
「こんなことまでして、そんなに奴の事が好きなのか」
人形が傷のついた手首を、酷く、優しく包むように持ち上げた。
傷口を見下ろすその視線は、私を馬鹿だと罵るようなものではなく至って優しいものだったからまた私は更に自分を憐れに感じた。
「……───はい」
好きで、好きで、私は今にも壊れてしまいそうだ。否、壊れてしまえればどれだけ楽だろうか。
「どうして」
普段より幾分か人形の声が沈んでいる。明朗だった声が微かに震えている気がする。
そんな人形の姿が、少しだけ、ほんの少しだけだが弱々しく見えた。
「君は他を見ようとしない。僕じゃ不満だなんて、我が儘にもほとがあるぞ」
弱々しい人形が見せた似合わぬ冷笑と弱音に似た言葉が、いやに儚く響いてとても悲しくなった。
「榎さん…」
「これじゃひふみを救うことなど出来やしないじゃないか、大馬鹿者め」
最後の台詞は一体誰に向けたものだったのか。
きっと、私なんだろう。
私は馬鹿だ。
救いようのない馬鹿だ。
優溺
(榎木津は割れ物でも扱うかのように、ひふみの身体をそっと抱き締めた)