私は無我夢中で走っていた。
ただ、ただ走り続けて
「うわ───っ!」
挙げ句、足が縺れて見事に私は転んだ。
受け身を取ろうだなんて考えが急に浮かぶわけもなく、勢い任せに膝から地面に激突した。その時、身体を支える為に無意識に伸ばした両掌も同じく地面とぶつかった。ということは簡単に見繕っても最低身体の四ヵ所に擦り傷が出来てしまったことになる。
スカートなんか履いてこなければ、被害は最小限に抑えられたかもしれない。そんなどうでもいいような後悔をした。
(ついてない……)
四つん這いの儘道端で止まっていることは滑稽というよりないので、一時地面に座るように体制を変えた。
「痛ぁ、ッ…───」
傷口を見れば、土やら小石やらが擦り切れた皮膚に付いてしまってとても悲惨な状態になっている。
消毒をした時のことを考えるとただでさえ低いテンションが、更に急速に低下した。
しかしこのまま放置してしまえば、きっと傷口は膿んでくる。膿んだ傷口は更に痛みを増し、ずきずきと激しく脈を打つに違いない。
「これはまた盛大にやらかしましたねぇ」
ふと気付けば隣から益田が私を覗き込んでいる。
怪我をしたのは私の方なのに、あたかも自分が怪我をしたと言わんばかりに痛い痛いと繰り返していた。
「誰のせいでこうなったと思ってるのよ!」
「僕ぁ知りません」
「…惚ける気?」
「惚けるも何も、逃げるから追い掛けただけです」
剽軽な態度と、だらし無く伸ばした前髪が私を馬鹿にしているかのような錯覚に陥る。
「私、貴方と一緒は厭なの」
「なんで?」
「だって好きじゃないから」
「幾ら僕のノリが軽いからって、そんなこと真顔で言われると泣いちゃいますよ」
「泣けばいいわ。私には関係ないもの」
泣こうが喚こうが、知ったことではない。
私にはそんなことよりも、如何にしてこの怪我を対処するか。という難題にぶつかっていてるから、今はとても忙しい。空気を読んでくれと言いたい。
漸く痛みを堪え、立ち上がることは出来た。しかし痛くて足を前に出せないでいた。
「…いっ、た」
「無理しないで、僕がおぶってあげますから」
「いい!大丈夫、ケッコウです!」
益田の申し出を頑なに断りながら、一歩また一歩とそろそろ進む。このペースではいつになったら家に帰れるか解らない。
ああ、考えただけで厭になる。
「早く消毒した方がいい」
膝から、掌から、血を流しながら歩く女の姿は、端から見ればそれは痛々しい姿だろう。
「やっぱり僕が」
「いいって言ってるじゃないっ、何度も言わせないで!」
益田が我慢ならぬと口を開いた矢先、私の怒号がそれを遮った。
「断ったの、私は断ったのよ」
そう言いながら睨みつけた。
何故同じことを何回も口にしなくてはならないのか。
不毛なことは嫌い、
無駄なことはしたくない。
一回言ったら、一度で理解して。
これはそんなに難しいこと?
「はい、知ってます」
「だったら」
自重なさい。
「でも僕は好きですから」
「私は嫌いなのよ」
「なら利用するだけして下さい」
「……は?」
馬鹿もここまでくると末期だ。突飛な発言と提案に思わず気の抜けた声が出た。
「僕が好きでやってることだと思えばいいです。ほら、早く消毒しましょうよ。じゃなきゃ化膿して挙げ句に蛆が涌く」
言いながら私の前に出て、しゃがみ込む。そうして顔だけこっちに向けて笑うから、普段より更に気持ち悪さが増して見える。
「……そこまで馬鹿なのね。利用されて泣き言いわないでよ」
「ええ、解ってます」
あんまりにも清々しく笑っているから、先程までの怒りも冷めしてしまった。
無用ラヴァーズ
(僕が傷の手当てしてますから安心して下さい。あ、もし痛くて我慢出来ないようなら、僕の胸を貸します。いや寧ろ差し上げまっ、あ゛ッ!)
(調子に乗るんじゃないっ、殴るわよ!)
(……もう、殴ってますよぉ…っ)