「暫く、見たくないと言ったでしょう」
「だからほら、こうして帽子を被ってきた」
「……頭隠して尻隠さず状態ですよ。それじゃ」
つい昨日のことだ。顔も見たくないと啖呵をきったというのに、早くも榎木津さんは私の前に姿を現した。しかも帽子を被っただけで顔を隠している気でいるらしい。
これでは頭しか隠せてはいない。顔なら既にばっちり確認出来てしまっている。
「ならどうしろと言うんだ!」
被っていた帽子を榎木津さんは乱暴に放り投げた。いつものことだ。大抵この人はいつでもこんな感じだから、気にしない。
「どうしろもこうしろも……、早く帰って下さい」
いつからこの家は榎木津さんに対してこんなにも自由になったのか。家人も奉公人達も、少しは警戒心という言葉の意味を考え直して欲しい。
「厭だ。帰らない」
「探偵のお仕事はどうしたんですか」
「そんなものマスカマにやらせておけばいい」
「やらせておけばいいって……」
本当に無責任だ。
しかし榎木津さんはまるで子供のようだ。純真無垢とまではいかないが、発言や行動は子供そのものと言っていい。だから顔を見たくないと言った私の言葉をそのまま受け取り、帽子を被ってきたのだろう。安易に隠せると思っているのだ。そんなどうしようもない所があるからどうしても見放せないし、憎めない。
「ひふみが許してくれるまでは何が何でも帰らない!」
一応は怒らせてしまったとは認識しているらしい。許してくれるまでという辺りがそれを物語っている。
「……ああ、もう」
なんでそんな可愛いことを言ってくれるのだろうか。
この三十五も過ぎた男は。
そんな風に言われると、何でも許したくなってしまう。
「……───仕様のない人ですね」
そう言った私に榎木津さんはいつもみたく破顔する。
どうしようもなく甘い私は
(ひふみは可愛い上に優しい!)
(褒めてくれても何も出してはあげませんよ?)
(ひふみが笑ってくれていれば僕はそれだけで満足だっ!)
(ふふ、お上手ですこと)