初々しい恋 10題 | ナノ


ずるいけど好きです。


 赤司君は時折、ひどく寂しそうな瞳をする時がある。ある、とは言ってもそれは一瞬の事で、すぐにいつもの射るような眼差しに戻るのだけれど、あの瞳を見てからはもう駄目だった。試合中も、練習中も、授業中でさえ、あの赤色を見つけてしまうと赤司君の事で頭がいっぱいになってしまう。今は寂しそうな瞳をしていないだろうか。そればかりがぐるぐると頭の中を占拠する。
 そして、彼があんな瞳をしていないのを確認すると安堵すると同時にもやもやする。寂しそうな瞳をしていればしていたらで彼の事ばかりが頭の中をぐるぐると支配するのに僕という人間は矛盾ばかりだ。何でも見透かしていそうな赤司君に聞いてみれば少しくらいは自分の事を理解出来るだろうか。まぁ、実際、そんな事を聞ける筈もない。僕と赤司君が二人で話すなんて機会、滅多にないのだから。

――しかし、意外にもはやくその機会はやってきた。これほど僕の心臓がばくばくと鼓動を鳴らしているのも珍しい。赤司君と二人きりで身体はどうやら緊張しているらしいが、あまり感情が面に出ない僕の事だ。多分赤司君の目にはいつもの僕が映っているのだろう。

「あかしくん」
「……?」

 自主練後の更衣室、タオルを首に掛けた赤司君が僕の呼びかけにこちらを向く。あぁ、今、声が震えていなかっただろうか。みっともないなんて思われたらどうしよう。そもそも、何で話したい事も纏まっていないのに、声を掛けてしまったんだ。呼び掛けたっきり何も話し出さない僕に赤司君は怪訝そうな表情を浮かべる。

「……黒子?」
「えっと……、その、ですね」

 言葉に詰まる僕に赤司君は自分のロッカーの前から離れて中央に置かれている長椅子に腰を降ろした。そして目で僕にも座れと示してくる。

「黒子が言葉に詰まっているのは珍しいな。話したい事があるのなら聞いてやるからゆっくりと頭の中で話したい事を整理すればいい。最後に此処を出るのはオレだしな。時間はたっぷりある」

 部室と更衣室のカギをじゃらりと揺らし、僕に見せる赤司君はいつもの強気な眼差しだった。
 それから何分経っただろう。もしかしたら数十分待たせていたかもしれない。それでも赤司君は文句ひとつ言わず僕の考えがまとまるのを待っていてくれた。僕が赤司君にもう一度声を掛けると赤司君はまっすぐに僕を見る。

「考えはまとまったかい?」
「えぇ、おかげさまで」

 責めるでもない、確認のような赤司君の言葉に微笑みを浮かべる。二人っきりになった当初の緊張はもうなくなっていた。

「……赤司君が強いのは知っていますけど、どうかたまには僕……達を頼ってください」
「え……?」

 僕の言葉に心底驚いた様な表情をする赤司君。驚いた、というかきょとんとしている。どうしてそんな事を言われたのか解っていないみたいな、そんな顔だ。

「これでも頼りにしてるつもりなんだけれど……」
「それは試合の話でしょう。僕が言っているのは、赤司君自身の話です」
「オレ自身?」

 ますます解らない、という表情を浮かべる彼に、僕は道理であんな瞳をするようになるわけだと思った。

「君は強い。いつだって一人で、何でも出来てしまう。君は君自身の目標に向かってただひたすらに真っ直ぐに進んでいく。止まる事なんて頭からすっぽりと抜け落ちてるみたいに」
「……今日の黒子は随分と詩人だな」
「茶化さないでください。……それが僕には痛々しく見えるんです。確かに止まっている状態のままじゃ駄目です。でも、君の場合は少しくらい止まらなければ、休まなければ、多分どこかでパンクしてしまう。少しくらい立ち止まって、周りをゆっくりと見てください。君は、一人なんかじゃないんですから」

 僕の言葉に、何の感情も浮かべていない赤司君の瞳がすっと伏せられた。そして、本当にわからないといった様子で、目線は天井を仰ぎながらも僕に語りかける。

「……オレにはよく解らないんだよ、そういうの。甘え方とか、頼り方とか。試合中ならまだしも、ね。それに、オレの柄じゃない。多分、青峰辺りには抱腹絶倒されそうだ」

 そう言って赤司君は、あの寂しそうな瞳をしながら「あはは、」と力なく笑った。その時、僕は理解した。あぁ、なんだ。彼も理解していないだけで、本当は甘えたかったのか。……そして僕も、甘えさせたかったのか。赤司君が僕なんかに打ち明けるわけないと思っていたから理解する事を諦めていただけで。

「……なら、手始めに僕に甘えてみますか?」

 その言葉に赤司君はぱちぱちと両目を瞬かせた。そして、困ったように微笑む。今日は赤司君の珍しい表情ばかりを見ている気がする。……いや、これが僕の見たかったものなのかもしれない。ころころと変わる彼の表情に、あの寂しそうな瞳を見た時と同じ感覚を感じた。きっとこれは優越感、という奴なのだろう。あとは独占欲といったところか。

「……黒子は時々どこで覚えてきたんだって言葉を言うね」
「おや、心外ですね。僕は僕の心に従ったまでです。誰かの言葉を借りるなんてそんな事しませんよ」
「……そうだね。お前はそういう奴だ」

 そう言い終わって、赤司君は目を閉じ一つ息を吐いた。そして、身体を僕の方に向けて、縋るようにして抱きついてくる。赤司君のその行動には面食らってしまった。まるで小さな幼子のような甘え方だったから。

「……甘えさせてくれるんだろう?」

 その言葉に甘い心地にさせられる。おずおずと僕のTシャツを握って僕の貧相な胸板に頭を預ける彼がひどく愛しく思える。先述した通り、僕は割と感情が面に出ない方だ。でも、多分、今は顔が赤くなっているんじゃないだろうか。頬に熱が集中しているのがわかる。

「……あかしくん、ずるいです」
「っ……、甘えろと言ったのはお前……だ、ろ……」

 僕の言葉を聞いてバッと顔をあげる赤司君は僕の顔を見て、激昂した言葉がフェードアウトしていく。そして、僕につられるようにして頬がほんのりと赤く染まる。

「赤司君にそんな事言われたら、すごく甘やかしたくなるじゃないですか。もう、僕以外にそんな事言っちゃ嫌ですよ」
「……なら、甘えるのはお前だけにする。お前の傍は、心地良い」

 そう言って照れた顔を隠すように、赤司君はまた僕の胸に頭を預ける。

 ……あぁ、もう。そういうのがずるいんですってば。




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