飲み物を買いにチームの皆とは別に廊下を歩いていると一際目立つ奴を見つけた。敦よりは少し低いがそれでも男子高校生の平均は軽く超えてる集団の中に敦は面倒くさいとでもいうような表情を隠そうともせずゆるゆると歩いていた。あぁ、変わらないな。中学を卒業してそう間もないけれど何故だか懐かしさが込み上げてくるのは中学時代と変わらない様子の敦が僕の目の前にいるからかもしれない。敦に声を掛けても良いけれど、そうすると敦のチームメイトに迷惑が掛かってしまうだろうか?
 逡巡していると、僕の存在に気付いたのか、敦が僕の名を呼ぶ声が耳に届く。……考える事でもなかったか。

「やぁ、敦」
「え…、うそ、本当に赤ちん……?」

 にっこりと微笑んでみせれば、敦は僕の姿を確認して目を丸くした後、大好きなお菓子でも目の当たりにしたかのようにふんわりと笑った。そして、タタッと軽い足取りでこちらに駆けてくる。

「わぁ…、本当に赤ちんだぁ……!」
「お前には僕が幻にでも見えてるのかな?」

 くすくすと小さく笑みを溢しながら揶揄する言葉に敦の目がきらきらと瞬く。どうやらきちんと現実だと理解したらしい。瞬間、ぎゅっ、と抱きすくめられる。敦の背後から敦のチームメイト達が訝しんだ色を含ませて敦の名を呼んだ。
 しかし、そんな事を気にも留めていないのか、敦はにこにこと上機嫌に僕を抱きしめていた。

「インターハイなんだから僕がいるのは当然の事だろう?」
「あはは、そうだねぇ」

 そう告げた僕に眦に甘さを滲ませながら同調する敦を見上げる。身長や体格は数か月前とは全然違うのに下から見上げた敦の表情は中学の頃と変わらないままだった。

「……ほら、そろそろ離してくれるかな? もう戻らないと。敦もチームメイトを待たせてはいけないよ」
「えー…もう?」

 少しばかり拗ねた表情と声を露にしながらも、ゆっくりと僕を抱き竦めていた腕の力を緩めた。しかし、僕の腕を離さない敦を不思議に思って見上げてみる。すると、眉を下げて唇を尖らせる敦の姿があった。まるで駄々をこねる子供のようだと思わずふっと笑みが漏れる。

――仕方のない奴だな。

 かすかに微笑んだ僕をきょとんとした表情でこちらを窺う敦を尻目に敦に抱き竦められて手持ち無沙汰になっていた自分の右手の人差し指を口許に寄せる。そして軽く、敦に届く程度のかすかなリップ音を立てて自分の口許から離し、敦の口許に触れる。

「今はこれで我慢してくれるね?」

 そう言って敦の唇に軽く寄せていた右手を離し、少々混乱しているらしい敦の腕から逃れる。ぽかんとした表情を浮かべた目の前の彼はどうやら今の状況を読み込めていないようだ。僕はやや芝居ぶったように廊下の壁に掛けられた時計を見やる。時間は十分…ちょっと、といったところか。僕自身も敦に喋りたい事は沢山あるが、それは今すべきことじゃない。……敦にも、我慢というものを覚えてもらわなければいけないしね。

「それじゃあ、またね」

 そう言って踵を返し、僕は今大会の試合に思いを馳せる。

……さて、一番最初に僕の前に現れるキセキは誰だろう? まぁ、誰だろうが負ける気は更々無いのだけれど……――、敦だったら、嬉しいと、そう感じてしまうのは多分気のせいじゃない。

 あぁ、楽しみだな。
僕は自分の口許が緩むのを自覚しながら、僕を待つチームメイト達の元へと向かうのだった。






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