紫赤 | ナノ


 急上昇する体温



 蝉が狂ったように鳴く真夏日。いくら設備の整っていると言われている帝光の体育館でも、気候に対する対処はされていない。ただでさえ運動量の多いスポーツをやっているのだ。皆汗だくになりながら自分にあてられた練習をこなしていた。マネージャーの桃井が忙しなく走り回りドリンクの用意や洗濯を行っているのを横目にして、オレ自身も汗だくになりながらメニューをこなし、部員たちに指示を飛ばしていた。

 キュ、キュ、と耳に響くバッシュのスキール音、床に落ちたボールの音。誰かがゴールを外したのかリングにボールが当たった小さく低い音が入り混じり、それに暑さもプラスしていつもは気にならない、むしろ心地いいと思える音すら不快に感じる。そんな中、どこか不釣り合いな間延びした声がオレの名を呼ぶ。

「何だ、敦」

 ちらりと視線を高身長、という枠には収まりきらないくらいの身長をした彼に寄越すといつもより気怠そうな彼がこちらに近付いてきた。

「赤ちん、もう無理ー…」

 そう言いながら、オレに腕を伸ばしてくる彼に、オレは小さく溜息を吐いて、部員の練習メニューが書かれた紙に視線を戻し彼の名をもう一度呼んだ。すると、彼はピタ、と足を止めきょとんとした顔をして小さく首を傾げる。オレはそんな彼を見上げながら、至極冷静に告げた。

「待て」

 その言葉を聞いた彼は、不満そうな声を上げつつも、足を止めた場所からは動かなかった。オレが良いと言うまでは本当に動くつもりがないらしい。腕はこちらに伸ばしたままなので、そう考えると結構滑稽な絵面だな、なんて頭のどこかで考えてしまった。

「赤ちーん……、いつまで待てばいいのー…?」

 ぷるぷると腕を振るわせながら、こちらに泣き言を言ってくる。オレが良いと言うまでだよ、と言うと小さく呻き声を上げながらも腕は下ろさない。オレは待て、とは言ったけれどそのままの状態で、なんて言ってないのだから辛いのならば腕を下ろせばいいのにと思ったが、どうやら暑さでそこまで頭が回っていないらしい。オレは今度こそ部員の練習メニューが書かれた紙に目を走らせ、部員に指示を飛ばす。

「……そういえば敦、練習のノルマはもう終わったのか?」
「終ったから、ご褒美貰いにきたのにー……赤ちんにお預けされてるのー……」
「おや、それは珍しいね。いつもこうだと嬉しいんだけれど?」

 お預けやご褒美の部分だけ流して、そう伝えると敦はまた愚図るように呻った。見た目は男子中学生の平均以上の身長を持っているのに、中身に関しては本当に子供だ。負けず嫌いで、醒めやすい。そんな彼に好意的な感情を向けられているというのは今更ながら本当に不思議だ。
 ちらりと敦に視線を向けると愚図っていた瞳がパッと明るくなる。良し、と言われるのを待っている目だ。オレはハァ、と諦めたように溜息を吐いた。
 ……まぁ、オレが暑さを我慢すればいいだけの事だしな。

「敦、いいよ」
「あかちん!」

 良し、の声に敦は舌足らずにオレの名を呼び、勢いよく抱きつく。強い横からの衝撃に少し足がふらつく。……あぁ、やっぱり暑い。しかし、オレに抱きついている敦を見上げると、彼も暑い筈なのにすごく幸せそうな表情を浮かべて、赤ちん、赤ちんとオレの名を呼んでいた。そんな表情をする敦を見て、まぁ、いいか、と思うなんてオレの頭も熱でやられてしまったらしい。



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