ぽろり、またぽろりと彼女の目からパールのような涙が零れ落ちる。 (お願いだ、もう泣かないでくれないか) ずきりとした痛みとずしりとした罪悪感が、ぼくの心の奥深くを突き刺す。 ぼくは胸を押さえながらよろりと立ち上がった。身体がいつもより重たい。(それは心の所為でもあるのだろうか) 立ち上がった瞬間、不運にも真っ赤に泣きはらした二つの茶色い瞳はぼくをしっかりと捉えてしまった。 その濡れたような(実際濡れている)茶色い瞳は、何かを訴えるかのようにぼくを見ていた。 ぼくはその瞳をじっと見つめながら、ふわりと微笑んだ。 しかし、彼女はにこりとも笑わずに、ただぼくを見つめながら、口を開いたのだった。 「行かないで」 「ぼくはもう行かないと」 「行かないで」 「…だから」 「行かないで」 何を言っても駄目なようだった。 ぼくは深い溜息を一つ吐き出すと、さっきと同じ顔で微笑みながら、 「じゃあ行かないよ」 「ほんと?」 「うん」 (どうせ死んでしまうのだったら、)(君と一緒がいいもんね) 彼女はそう言いながら、初めて可愛らしい笑顔をぼくに向けたのだった。(何と、皮肉な) ぼくは苦笑混じりの笑みを零した。 彼女は真っ赤に腫れた目をまんまるにして、首を傾げた。 「きみは死なないの?」 「ぼくは死なない。きみも死なない」 「嘘」 彼女はくすくすと乾いた声で笑った。 ぼくはにこりとも笑うことが出来なかった。いや、笑わなかった。 ぼくは何も言わずに、じっと彼女を優しく見つめた。 「わたしは死んじゃうの」 「きみは死なない」 「嘘」 「だって…」 ぼくは彼女の耳元でそっと囁いた。 彼女は丸い瞳を大きくして、ぼくを見つめた。(嘘、と言った気がしたは気のせいだっただろうか) 彼女はきらりと一筋なみだを零して、ふわりと微笑んで、そっと消えていった。 ぼくは空を仰いだ。 その憎らしいほどに清々しく晴れた真っ青な空は、彼女にとてもよく似ていた。 「きみはもう死んでいるから」 ぼくはふわりと微笑んだのだった。 い み ふ /^q^\ |